僕の知る彼女は強くて、聡明な存在であった。何も言葉を発しない代わりに自分の考えを行動で示すような人間なのだ、彼女は。僕は彼女が喋る姿や表情を崩す所は一度足りとも目にした事がない。アンドロイドのようであると感じた事もあった。しかし、そんな彼女を彼女のポケモン達はスキだと言ったのだ。彼女のお陰でポケモンと人間が共存して生きていける事を知った僕は、そんな彼女に恋い焦がれた。彼女の事なんて何も知らない癖に、だ。僕は彼女という理想像に恋をしていた。彼女の表情や言葉からは彼女の何をも汲み取れないから彼女という人間を僕の中で創造したのだ。ポケモンの為に尽くす彼女。真実を追い求める彼女。バトルをしながらポケモンと絆を深めていく彼女。彼女等と別れた後の僕はひたすらそんな彼女を作り上げていた。ポケモンは嘘を吐かない。ポケモンがスキだと言う彼女は僕にとっても素晴らしい人間。そうであると思い込む事によって、僕の中の彼女は作られた。僕は愚者である。愚かだ。

だから再びイッシュ地方に舞い降りて彼女の姿を見かけた時は心の臓を抉られたような痛みが胸に走った。三番道路をひたすら自転車で走り卵を孵化する姿を見て絶句したのを覚えている。彼女は何をしているんだろう。疑問に思いつつ監視を続けてみると、彼女は産まれたばかりのポケモンを図鑑で読み込んで、その画面を見た後にポケモンを野に放ったのだ。――それ以上は見ていられなかった。こんなのは僕の知ってる彼女じゃないと現実逃避をしようとしたが、そこで気付く。僕は彼女の何を知っていたのだろう、と。

彼女にポケモンの大量生産を辞めるように訴えた。聴いているのかいないのかわからないような視線で、彼女は僕を見つめている。考えてみて気付いたのだが、彼女はいつもそうだった。僕の言葉に頷きはするもののその内容が頭に入っているのかわからないような表情で僕を見るのだ。この時ばかりは彼女が人間なのかどうかを疑った。――父親に化け物と称される僕が言えた事ではないのだろうけど。

ポケモンを大事にしていると思っていた彼女の変貌を、僕は受け入れられなかった。ポケモンを傷付ける人間を僕は許せないし、そんな事をする人間は総じて憎いのだ。彼女もそう。ポケモンを傷付けるなら容赦はしない。でも彼女には立ち直って欲しかった。彼女が僕に教えてくれた事があるように、僕も彼女に教えてあげたい。教えなくてはならない。きっと彼女は忘れてしまっただけだ。悲しいことに、ポケモンは僕等と同じ生き物であるという事を忘れてしまったのだ――。

僕は半ば無理矢理、彼女を別荘に連れ込んだ。何も言わない彼女に必死に語りかけ、彼女を束縛する事に成功したのだ。僕の目の届く所に彼女を置いておけば彼女はもうあんな奇行に走ったりしないと思い込んだ。

それからというもの、彼女はこの家から一歩も出なくなってしまった。それどころか、眠りについたまま一向に目を覚まさない。どうしようもない不安に駆られ医者を呼んだが、彼女は至って健康だと告げられた。ならどうして目覚めないのかと聴いても医者はわからないの一点張りだった。それきり医者は呼んでない。全く役に立たないのだから、呼んでも意味はないと思ったのだ。三日三晩食事も水も口にしていない筈なのに彼女の容態は決して悪くはならなかった。点滴だってつけていないのに、だ。ただ目を覚まさないだけ。ちゃんと息はしているようだし顔色だって悪くはない。でも、僕は彼女が心配で心配で堪らなかった。


――それから二ヶ月して、漸く彼女は目覚める。

言葉と表情と人間らしさを手にした彼女は記憶を何処かに置いてきたようだった。僕が話す内容と何かを照らし合わせるようにして記憶を辿った彼女は、何とも言えない表情をしていた。記憶を取り戻したのだと思うけれど、何処か違うような気もする。まるで別人のようになった彼女はただただ悲しそうに一言、ごめんなさいと謝った。はてさて、彼女は一体何者なのだろうか。アンドロイドが感情を手にして人間になったかのような――。いい喩えが見つからないが、そんな感じだ。

僕が創造した彼女の理想像はいとも簡単に崩れていった。だが、それでいいとも思う。漸く本当の彼女と向き合えるのだから、僕はそれでいいと思う。彼女も少し混乱しているようなので彼女がもう少し落ち着いたら、じっくり彼女の話を聞かせてもらいたい。




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