「名前、それは恋愛感情なんかじゃない。恋愛感情なんだって名前が錯覚しているだけで――、」

幸村くんの白く柔らかい頬を掴んで無理矢理キスをする。それ以上は聞きたくなかった。幸村くんはまたしても驚いたような顔をしてみせたが、すぐにやめろと訴えかけるように私の肩を押す。今まで散々抑え込んできた想いが溢れでてくるみたいで、私はこの気持ちを制御する事ができなかった。

「どうしてわかってくれないの!わかろうとすらしてくれないの!私は昔から幸村くんの事しか見てなかったのに仁王くんの事だって好きなんかじゃなかったのに……幸村くんにだけは仁王くんが好きなんて言われたくなかった。私が好きなのは幸村くんだもん」

目頭が熱くなって鼻の奥がつんとした。長年秘めていた想いを吐き出すのは想像以上に辛かった。幸村くんが私の気持ちを受け入れてくれない事などずっとわかっていた筈なのに、それは思っていたよりも凄まじい痛みだった。幸村くんは未だに床に転がっているマグカップを見つめている。私の顔なんて見たくないと言われたような気さえしてきて、涙が頬を伝う。

「名前、俺やっぱり此処に来るべきじゃなかったみたいだ」
「そんな事言わないでよ……」
「お前が俺の元を離れてもうこんなに時間が経って――名前ももう俺の事諦めてるものだと思ってた」
「もう、いいよ。もういい。もう帰っていいよ、変な事言ってごめんね」

どうして幸村くんは私の気持ちから逃げるんだろう。私の事を女として見れないのならそう言ってくれればいいのに。幼馴染みだから言えないの?幼馴染みだから女として見てくれないの?そんな考えが頭の中でぐるぐると回っていた。

「名前、最初にひとつだけ聞いて。こんな事言ったら名前はずるいって言って泣くんだろうけど――俺も名前の事好きだったよ」

そう言って部屋から立ち去る幸村くんを追う事はできなかった。最後の最後で幼馴染みという関係を壊した私達は、恋人でもなく友達でもなく、赤の他人という関係になってしまったのだ。

ねえ幸村くん。私やっぱり幸村くんの事ずるいと思う。ドアが閉まった音が耳に届いて、漸く私は幸村くんとの関係が終わってしまった事を理解した。これで良かったのか、あのまま気持ちを伝えずに幼馴染みを演じた方が良かったのか――今の私にはわからない。


2011-March
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