懐かしくも感じるソーラーパネル、水飛沫を立てながら白い砂浜に押し寄せる綺麗な波。ようやく故郷に帰ってきたのだと思うと私の頬は自然に緩んでいた。

私がナギサシティに着いて真っ先に向かった先は、自分の家ではなくナギサジムだった。デンジの手で改造されたこのジムを正面突破というのはなかなか面倒な事で、いつものように控え室へと繋がっている裏口からジムに入って行ったのだが、そこにデンジの姿はない。

椅子に座ってちびちびとミックスオレを飲んでいるチマリちゃんを発見したので、デンジがどこにいるのかを聞いてみる事にした。

「デンジおにいちゃんならマリアおねえちゃんとうみいったー!」
「ま、りあ?」
「うん!マリアおねえちゃんはやさしくてつよいんだよー」
「……とにかく、デンジは海にいるのね?教えてくれてありがとう」

ジムから出て、デンジが私の知らない女の人と仲睦まじく微笑み合う姿がふと頭を過った。彼は浮気をするような人ではない。浮気なんて絶対にしない。そうであって欲しいという寄りすがりに聞こえるかもしれないが、これは確信にも近い信頼だった。確かに彼が浮気をするなんてありえない。でももし、会わなかったこの一年の間で彼の気持ちが変わったのだとしたらどうだろう。もしかしたら彼の心の中では私なんて過去の存在になっているかもしれない。

胸が大きく鼓動する。嫌な予感がする。最悪な結末ばかりが私の頭にこびりつく。気付けば私は全速力でナギサの街を駆け抜けていた。



帰ってくる途中にも見かけた波打ち際に、二人はいた。女の人の栗色の長い髪の毛が潮風のせいでゆらゆらと揺れている。その隣で胡座をかいているデンジは、相変わらずのように見える。後ろ姿を見ただけだからわからないけれど――隣の女の人は確かに、幸せそうに笑っていた。

この場から逃げ出したい衝動に駆られる。このまま帰ってしまおうかと思った。でも次にデンジと会った時にあの女の人は誰なんだと私は聞けるだろうか。いや、無理だ。だったら今行って、紹介してもらった方がまだマシなんじゃないのか。

私は勇気を振り絞って、デンジの背中に話しかけた。

「デンジ」

波に拐われてしまってもおかしくない小さな声で彼の名前を呼ぶ。こちらに気付いたらしいデンジは、私の姿を確認すると大きく目を見開いて薄い唇を少し開いた。デンジが感情をここまで表情に出すなんて、珍しい。

「……名前?」
「ひ、久しぶり。元気してた?」
「ああ。それよりお前チャンピオンになったんだって?」
「そうなの。吃驚だよね」

お前がなれるんなら俺でもなれそうだな、なんて言ってみせるデンジに安堵を覚えた。よかった、デンジは何も変わってない。ぶっきらぼうで他人に無頓着なことも、本当は嬉しくて笑いたいのに表情に出さないようにしてるとこも。それが嬉しくてふふふと笑っていると、女の人――多分チマリちゃんにマリアお姉ちゃんと呼ばれていた人だと思うのだが、その人が口を開いた。

「デンジさん、この方は?」
「昨日シンオウチャンピオンになった女だ。それで俺の――」

幼馴染みなんだ。屈託のない表情でそう言ってのけたデンジの言葉に全身の筋肉が一気に消え去ったと錯覚させるくらい、力が入らなくなった。デンジの中で私が過去の女になったという事実をたった今突き付けられたのだ。砂浜にがくりと膝をついた私を心配してか、デンジと女の人が私に手を差し出してくる。

「おいっ名前!?」
「――あ、えと……ご、ごめん!デンジの顔見たら力抜けちゃって」
「本当に大丈夫ですか?」
「え、えぇ。心配かけちゃってすみません。じゃあ私もう帰りますね!邪魔しちゃってすみませんでした」

ボールからムクホークを放ってその背に乗る。後ろからデンジの声が聞こえた気がするけど、戻る勇気なんて私にはなかった。

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