シロガネ山にも到頭冬がやってきた。夏でも雪が残っていて肌寒く感じるシロガネ山での冬の寒さはまさに極寒と言える程だと思う。例え洞窟の中であろうとその寒さは変わらない。まぁ風と雪が凌げるだけまだマシなのかも知れないが、風と雪を凌ごうが兎に角ここは寒いのだ。

吹雪が吹き荒れる中、半袖で山の頂上に立ち尽くしている男を私は知っている。最強のポケモントレーナーだと謳われている彼だが、そんな彼が何故山籠りをしているのか気になる人も少しはいる事だろう。彼がシロガネ山に籠って早三年。レッドさんがバッジを多数所有している人しか入れない区域にいる為、レッド死亡説なんていう根も葉もない噂まで流れている始末だ。前に此処に来た時にそれをレッドさんに伝えたのだが、言わせておけばいいと一蹴にされてしまった。

山頂に着いた所で私を此処まで連れてきてくれたウインディをボールに戻す。この寒い中ではウインディの体温だけが救いだったのだがレッドさんにポケモンを見せると半ば強制的にバトルをする流れになるので此処からは私一人で行かなければならないのだ。敷き詰められたように積もっている雪を踏み締めてせめて顔だけは、と腕で吹雪を凌ぎながら前に進む。少し歩いたところでレッドさんのピカチュウが小さな手足を必死に動かして私の所にやってきた。

「ちゃーあ……」
「ピカチュウ、どうしたの?」
「ピッカァ!ピカチュ、ピカァ!」
「う、うーん?」

ピカチュウが身振り手振りで私に何かを伝えようとしているのだが、残念ながら私にはポケモンの言葉を理解する能力なんてないのでピカチュウが何を言いたいのか全くわからない。兎に角来てくれと言わんばかりに私のズボンを引っ張ってくるピカチュウに着いていく事にした。

早く早くと急かすピカチュウに走りながら着いていって、ようやくレッドさんの元へと辿り着いた私達だがいつもぼーっとそこに立っている筈のレッドさんの姿は、なかった。代わりに、赤い服と真っ白な肌が雪に埋もれそうになっているのを見つけたので直ぐ様駆け寄って地面に膝をつくと白い指がぴくりと動く。

「ちょ…レッドさん大丈夫ですか?生きてます!?」

レッドさんを埋めるかのように降り積もる雪を掻き分けて、ゆっくりと上体を起こさせる。手を離したら今にも倒れそうだったので背中をしっかりと支えながら寒さで赤くなった頬をぺちぺちと叩いてみる。瞼が一瞬だけぴくりと動いたのだが、それ以外には何の変化もない。

今まさに、レッド死亡説が実現されようとしている。私がそんなのを許す訳がなかった。

私の眼から流れ出る涙がレッドさんの頬に落ちていく。涙ぐんだ声でもう一度彼の名前を呼ぶと、ピカチュウがこの場にそぐわない明るい声でピカァ、と鳴いた。
それと同時にレッドさんの目がぱちりと開かれて、私は泣くことも忘れてぽかんと口を開ける。

「………え、」
「ごめん、死んだふり」
「は、い?」
「僕が死んだら名前は悲しむかなーと思って、ちょっとふざけてみた」

泣く程悲しんでくれるんだね。と優しい声で言ったレッドさんは氷のような冷たい手で私の涙を少し乱暴に拭いてくれた。一緒になって私を騙したらしいピカチュウも申し訳なさそうに目を伏せている。でもね君達、許される冗談と許されない冗談というものがあってだな。ふつふつと沸き起こる怒りに口元がひくひくと引き吊っているのがわかった。

「タチの悪い冗談は嫌いです」
「ごめんね」
「こんな寒い中倒れてたら本当に死んだのかと思うじゃないですか」
「だからごめんってば」

謝罪を口にしている癖に、楽しそうにクスクスと笑うレッドさんを見て怒る気も失せてしまった。これは最近になってようやくわかった事なのだが、レッドさんは不器用過ぎるのだ。私の気持ちを確かめたかっただけだと思うのだが他にも色々方法はあった筈なのに、こんな馬鹿みたいな事をして。

――レッドさんはまるで子供だ。

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