手には凍頂を煎れた茶蓋と湯呑みが二つ。私はそれらを手にして、彼の背後から声をかける事に成功した。

「やあカッコイイお兄さん。こんなに夕日が綺麗だ、私とお茶でもいかがだろう?」
「……梨、それは私の台詞だと思うのだけれど?」

どうやらその人に接近したことはバレていたらしい。顔がこちらに向く前に、笑いながら振り向かれて名前を呼ばれてしまった。

樊城の城壁の上、階段を登ったスペースに立ったまま、郭嘉殿は何処か遠くを見ていた。方角は西…俗に言う、西方浄土。

「”西に行く”とか、質の悪い冗談をおっしゃらないで下さいね。」
「いやだなぁ…曹操殿にも本当のことは話していないのに……」
「そんな重大なことを私に話すと思いませんから、普通。」

城壁の石の上に盆を置き、小さな椀に熱いお茶を注ぐ。
横から顔を出した郭嘉殿も、香りを嗅いで瞳を閉じた。

「桃の香りがする……」
「はい。乾燥させた桃を入れてあります。」
「これはまた…不思議な組み合わせにしたものだね。」
「ふふ、入れた理由をご存知なのにとぼけるのですか。」

郭嘉殿の為に特別なんですよ、と言いながら差し出した椀を、熱いと言って彼は受けとった。
上質な焼き物は薄すぎていけないね、なんて、身分に釣り合わないことをぼやいている。

全く、何故こうも飄々としていられるのか分からない。
本当は誰よりも寂しくて、誰かと一緒にいなければ壊れてしまいそうなのに。気付けばさっきのように、ポツンと一人で佇んでいる。

「……永遠の命なんて、いらないのかもしれないですね。」
「ん?」
「桃は、やはり必要ありませんでした。凍頂の香りが消える。」
「そうかな?私は茉莉花茶のようで好きだ。」

華々しい香りでね、と微笑んだ郭嘉殿の顔を直視出来ない。

もし、桃の力を得て永久の命を持ったとしても、一人佇む郭嘉殿があまりにも辛い、孤独の責め苦にさらされそうで…彼に永遠を望むのが憚られた。

暗い顔にならないようにしていたのに、私が口を閉じた所為で空白が間を流れる。
飲み干した椀を盆に置くと、見計らったように彼は口を開いた。

「確かに私は、一所で安寧を享受出来ない質だ。けれど、こうやって君は安寧を届けてくれる。」
「郭嘉どn…」
「……自業自得の孤独を、埋めてくれる。それが私のしあわせなんだよ。」


−−さて、もう一服戴けるかな?

そう続けながら椀を差し出した郭嘉殿は、夕日を背にして満足そうに笑っていた。

夕日を背負う

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