誰が言ったか覚えていないが、酒呑童子は『鬼』であるという。
私が思うに、彼が真遠呂智殿の良心ならば『蛇』じゃないかと思うんだ。

「……それで、何故お前が私の上に居る。」
「あ、起きちゃった?」
「…寝首を掻かれては敵わぬ。」

少し、抗うぞ。なんて言って起き上がるから、私は瞬く間に酒呑の胡坐の隙間に収められ身動きをとる術を無くした。
冒頭の疑惑を晴らす為、某うるさい異星人のヒロインに倣って角の部分から探りを入れようと、ついさっきまで眠る彼の上でマウントポジションを取っていたけど…うーん、計画失敗だな。
このために彼に注ぎ込んだ膨大なお酒が無駄になったことは謝ろう。ゴメンね張飛殿?

それより。計画失敗したなら三十六計逃げるに然ず、って誰かが言ってたよ!

「ごめん酒呑、起こしちゃって!それじゃ!」
「待て。」
「ぐぇっ?!」

もぞり、彼の包囲から抜ける為に動いた途端、片腕で抱き込まれて全身が圧迫された。潰れるカエルの気持ちそのままを味わうとは思わなかったよ…。
バシバシと酒呑の二の腕を叩き、力を緩めてもらう頃には瀕死の体。この筋肉ばか!と視線で苦情を投げる。
すると向こうもこちらを向いていたようで、視線がバチッとかちあった。

「私の上にいた理由を聞いていない。」
「えーと、うん。なんでもな…」
「ならば太公望に相談しよう。梨が夜中に私の上に乗っていた、と。」

…ちょっと待って。
いくら純粋な酒呑の言葉とはいえ、太公望殿にそんな語弊のある言い方したら!
いくら太公望殿が坊ちゃんと呼ばれていようと、答として何を酒呑に吹き込むか分かったもんじゃない…──!

「だ、だめだめだめ!そんなこと聞いたらダメーっ!!」
「何故だ…?」

首を傾げる彼に、なんでも!と叫ぶ。
律儀にも聞くことを止められたからか、己で考え始めた酒呑は無意識に腕の力を弱めた。
その隙を見逃す手はなく、やるならここしかない!と伸ばした両手で彼の角をガッチリと掴んでみる。
……ところが動けなくなることもなし。ただ思考を中断した彼が不思議そうな顔で私を見つめてきた。
気まずくて手を離さざるを得なくなっちゃったよもう。
けど動けるなら鬼じゃない。蛇かどうかは確認出来ないけど、鬼じゃない!

「よーし!」
「…訳が分からん……」

仮説が一つ当たったのなら、次の目標は、私の持論を立てること。
彼が蛇であることを証明することだ!と意気込んだ私は、全体重をもってして酒呑を押し倒した。
もう一度マウントポジションを取って、彼の脚を外に晒す。暴れては加減が付かないと分かっているのか、酒呑はオロオロとするばかり。
蛇たる証拠の『鱗』を見る為に、彼の寝巻の裾をペラリとめくり上げた。

「…ふむ、邪魔したか?」

その瞬間に、真横から太公望殿の考え込むかのようなトーンの低い声が飛んできて瞠目。
そこにあったのは薄ら笑いの消えた太公望殿の表情だった。一気に空気が凍りつくのをヒシヒシと肌に感じる。

「梨、あまり酷くしてやらぬことだな……ふっ、くくっ……!」

太公望殿に出会って1番憎たらしい笑顔と共に完全に厭味な台詞を吐かれてしまった。
これでは私が悪者……って確かにそうか。
押し倒して服を剥がそうとするとか何処の変態?…うわっ、そう考えたらめちゃくちゃ恥ずかしいことをしてたんじゃ…?
太公望殿の台詞もものすごく際どいじゃないか……!

顔に熱が集まるのが分かる。
目が泳ぐのも分かる。
……跨がったままの酒呑から、背中に視線を注がれているのも…分かる。

「べ、別に私は邪なことをしようとしてる訳じゃ……」
「それは、分かっているが。」


──…下履きが見えているぞ?

言い訳がましく開いた口を遮って控え目に告げられた真実は、私に全ての計画を投げ出して逃走一択を選ばせることになったのであった。

これがホントの『逃げるに如かず』