『僕は最強で誰にも負けない』

それは彼が常に口にする口癖のようなもの。
だけど…必ずやそこに死角があると信じて止まない私は、日々是挑戦を掲げてナタ殿と相対するのが日課になりつつあった。
勿論その度に新たな刺客を携えて、絶対の自信と共に挑むのである。

…そして今日。
私は自然にスキップしていた。
今日こそは、勝てる。


「……また?なんなの?」
「今度こそ、参ったって言わせてみせますよ!」

鍛練場で一人徒手を練っていたナタ殿は、そんな私を見た途端に嫌そうな顔をした。
…それもそうか。毎度毎度気持ちの悪い虫やら痛い刺の仙人掌(サボテン)やらを手に迫られたら私だって嫌になるわ。
ふ、と溜め息を零したナタ殿は、彼にしては珍しく心底呆れたような顔で私を見下ろした。

「こないだの虫は叩き潰したし、トゲトゲの奴は燃やしたよ?今度は何?」

ここはうっ、と言葉に詰まるところ。
それもそう。
以前から私が得意げに差し出した物は、全てことごとくがその瞬間に倒され…というか破壊の憂き目を見てきた。
仙人掌はお気に入りだっただけに泣きそうになったのを良く覚えてるよ……。

「今までは私だって耐えられる物だったんです。だから今度は私が大嫌いな物を!」
「……ふぅん。」

浮いていたナタ殿が地面に立ったのを確認してからその場に座る。どうやら挑発に乗ってくれたらしい。
私が今回持ってきたのは一つの湯呑みと急須。茶葉は……おっと、ここがミソだからね?

「ニンゲンの飲むもの?まさか毒とか言わないよね。」
「まさか!殺してどうするんですかもう!」
「……別に、易々やられる訳ないけど。」

ぷ、と頬を可愛らしく膨らませながら可愛くない事を言うナタ殿も、なんやかや向かいに座って私の手元を見つめてくる。
興味がないわけじゃないみたい。

けれどこのお茶の恐ろしさは……考えただけでワクワクが止まらない。口角が釣り上がるのを抑えるのに必死だ。
さあ……私に負けて下さいナタ殿!

「はい、煎れ終わりました。」
「匂いは……変じゃない。」
「正真正銘、茶葉から煎れたお茶ですって!」

くん、と湯呑みに鼻を近付けて匂いを嗅いだ後、上目遣いで彼は私を見てくる。
心配というより、毒ではないかと私を疑いきった目なのがちょっと気になるじゃないか……

「……じゃ、飲むよ?」
「どうぞどうぞ!」

…さてここで真実を語ろう。
私が使ったその茶葉の名は、センブリ。
日本固有種、戦国時代頃には使われていたようで、この間本能寺に行った時に町で見かけて思わず購入したものだ。
この苦さは想像を絶するもの。しばらく舌が機能しなくなるんだよね。
『千回振ってもまだ苦い』という意味を持つこの植物の名はダテじゃない。

それを100%使用したセンブリ茶を、通常より濃いめに煎れたのだ。
ナタ殿の舌が通常であれば…耐え得るはずなどない!!
身体は強化しようと、強化しえない神経系を攻める策だ。決してあくどいとか…そういう事じゃないもんね?

その頃ナタ殿は、目の前で濃縮センブリ茶の入った小さな湯呑みを一息に煽っていた。考えた挙げ句味わう事を放棄したらしい。

「……。」
「どっ、どうです参りましたか?!」

ここだけの話、キュッと眉間にシワが寄ったのを見て勝利を確信した。
にやけて引き攣る口元を抑えるのがツラいんだ、早く「参った」って言って!
そんな期待が目に映ったのだろう、涼しい顔を作ったナタ殿が軽く微笑みながら、美味しい、とぬかした。
……ならもう一服煎れてあげましょうかね?

ところが私がそう言い出そうとするより先に、突然ナタ殿が口を開いた。
その顔はきっと今の私より清々しい笑顔で…さらにあくどいものであるに違いない。

「じゃ、梨にお礼しなきゃね。」
「は…?…ッ!?」

ニンゲンはお礼でこーゆーこともするって聞いたよ?
なんて訳の分からない事を言ったナタ殿は、持ち前のスピードで私との距離を詰め、唇を奪い去る。
ファースト、なんて初心な歳じゃないけれど、油断しきった私にその味は余りにも壮絶で、床を転げ回るしかなかった。
『ほろ苦い』じゃ済まされない

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