あの後、私達は馬超殿の仲間を救う為に時を渡った。 固まった世界は全く違った世界に変貌する。 思えば、すごいことなのだろう。 。 例え、どんなに現実味を帯びていないとしても、歴史上の有名人がこうして動いていることが。 息を飲んだ馬超殿は辺りを見回して、ぎりりと槍を握り締めた。 「馬岱…ホウ徳殿…!!」 「あっ、ちょっと待ってよ馬超さん!!」 「ったく、武田の騎馬隊に真っ向からぶつかる奴がいるか!!」 後悔と、それを晴らさんとするギラギラとした瞳で彼は走り出す。 その背を二人は追い、馬超殿のサポートに回る。 そんな彼らの背を見送った私に、ここに残った彼女が微笑みかけていた。 「梨様は…武芸を嗜まれていらっしゃいますか?」 「武芸?…あー…全く、何も……」 「それでは、私の側から離れませぬよう。」 どうやら守ってくれる、というらしい。 こんな可愛らしい人までが戦うのかと思うと、どうも私の力のなさが気になってしまった。 一般人の私が戦えるかといえば絶対に無理な訳だが、早速の戦場だ。悠長にその辺をほっつき歩くことも出来ないだろう。 …ただ、私は傷を負わないという可能性を、確かめたかった。これが本当なら、私は誰かを危険に曝して『守られる』必要がなくなるのだから。 こうなったら守られる前に斬られよう! 気合いを入れようとした私は、大きく両手をあげた。その隙。 一本の流れ矢が見事に腹部目掛けて飛んできて……おなかで弾かれた。効果音はカキィイン。 彼女の目の前でだ。心臓の悪い思いをさせてしまっただろう。気まずくて話題を逸らす。 「かぐや姫は……仙人なんですよね?」 「はい。……あ、あの梨様。」 「はい?」 「姫、は…余計にございます……」 照れたように俯いたかぐや姫は、かぐや、とお呼び下さいませ、ともごつく。 堅そうな雰囲気の人だと思っていたが、割と人間らしい顔もするみたいだ。 「え…かぐやっていったらかぐや姫じゃ…」 「梨様の世界ではそのようなお話があるのですか?」 「あ…はい、まぁ。」 常識だとばかり思っていたことを正面きって知らないと言われてしまうと、どうも強く出られない。 かぐやちゃん。そう呟けば、はい。と彼女は笑ってくれた。 その瞬間、兵士達の雄叫びが響く。 「……勝鬨の声、ですね。間もなく皆様方が帰っていらっしゃるでしょう。」 「そうしたら……何処に行くの?」 「それは、お三方の縁に任せて。」 ……遠くから、手を振ってこちらに向かってくる半兵衛殿が見えた。 −−−−−−−−− 「此処って……」 「俺達の、陣地……」 「妖蛇に挑むにあたって引き払ったはずの……」 新たな仲間を得て戻った未来は、どうやら初めて三人に出会った時のほんの少し前らしい。 兵士達も沢山いて一つの町のように機能している場所。ここが所謂拠点なのだろう。 質素な建物に、板を渡した橋。赤く燃える溶岩の所為か寒さは感じないし、熱くもないのが救いだ。 「もうそろそろ日も暮れる。皆飯食わないか?」 「俺もうお腹ぺこぺこ……」 「馬岱、ホウ徳殿も交えて宴を開くぞ!」 「ありがとー若!」 「む、恩に着る。」 「にゅー…ムサいおっさんばっかかぁ…」 新たに増えた仲間も引き入れ、将達がぞろぞろと宴の場に向かって行く。 ふと見上げた空はもう暗く、太陽は見つめているうちにみるみると山陰に消えた。 漸く、このはちゃめちゃな一日も終わる… 安心した私は、体に感じた異変に足を止めた。 首から下をゆるく擽られている感覚がする。徐々に強まる感覚に、堪らず両腕で体を抱きしめたまま蹲った。 「あ、なん、だこれ……。」 皆は先に行ってしまった。誰もこちらを振り返らない。 助けを呼ぼうと思った時、ふっと全身から違和感が消えてしまった。何事もなかったかのように。 『ほんと、なにが……』 確認するようにもう一度体を抱きしめて、隠しきれない変化を感じてしまった。 ……胸が、ない。 慌てて股間に手を伸ばせば、変に柔らかな感覚がした。 おまけに触られた側の触覚もある。それはもう、生々しく。 「は、はは……嘘だぁ…」 虚しく響いた声は、ほんのちょっとだけ、低く震えていた。 ……男になった。理由が分からない。……否、きっと日没の所為だ。 見上げた夜空は星こそあれど、吸い込まれるような黒の広がる新月の夜。 これが何か関係するのかはまだ分からないけれど、無関係ではなさそうだ。 そっと既に始まった酒宴に紛れて、半兵衛殿に声をかけた。彼は今孔明。何か分かるかもしれないと期待を込めて。 「そんな奇抜なことってあるの?!」 そんな叫び声と共に、半兵衛殿が一気に私との距離を詰めてきた。 今は酒の席。所謂無礼講といったもので、将も兵士も入り乱れて酒宴に興じている。 ほんの少し低くなった声と、ほんの少し彫りの深くなった顔、心持ち高くなった背。 ところがどっこい、外に見える私の変化は、酒の入った人間には分からないレベルらしい。意を決して半兵衛殿に話せばこの反応だ。 「信じてくれますか?」 「勿論!と言いたいけど……。」 ………けど? 引っ掛かった言葉に不安を煽られた瞬間、半兵衛殿の手は私の胸元に宛てられた。無論真っ平らなんだけど、思わず肩が跳ねる。 「おー、俺より胸板厚いんじゃない?うっらやましいなぁー。」 「ち、ちょっと、半兵衛殿。いくら体は男でも触られるのは…」 「ははー、ごめんごめん。」 両手を「降参」に上げた半兵衛殿は、ちっとも反省していないようだ。 顔がニヤけている。ちょっと殴ろうかと思う程小憎らしい。 喉仏の浮き出た喉に酒を流して、今夜は自棄酒だな、とうっすら考えた。 月にかわって!?
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