灰色に淀んだ曇天を見上げ、止んだ風に雨の到来を予測する。 早く建物に入ってしまおうと歩きだしたところで僅かに感じた背後の気配は、明らかに平穏さを欠いていた。 「ねえ、鍛練しようよ。」 予想通りと言うか何と言うか… そんな言葉と共に背後から飛んできた右足ハイキックを屈んでかわし、続いて迫る二つの苺導夏圈を受け止めて指先でクルクルと回す。 ソレはわざわざ武器屋さんにお願いした特別製。フニャフニャとした質感に現代のキーホルダーを思わせて、思わず匂いを嗅いでしまった。うげ…ビニール臭しかしない…… 「ちょっと、集中してよ。」 「んぁ?あ、!?」 私が握っていた苺導夏圈は二つ。つまり残り二つの追撃に反応は間に合わず、顔面クリーンヒットを遂げて上体が仰け反る。 鼻折れてないよね…?鼻血出てないよね…?! 「間抜けだなぁ、赤くなってる。」 「アイタタタ…ちょっとは加減して下さいって…」 鼻を押さえ蹲る私にナタ殿が近付いた瞬間、轟く雷鳴が空気を裂いた。 雷は得意じゃない。驚きに思わず体が跳ねる。 まだ雨は降っていないから、湿度のない地に膨大な電力を放出しているのだろう。 そして…蹲った私には見えた。雷が鳴った時、ナタ殿が一瞬体を強張らせたのを。 「…飽きた。梨、お茶煎れてよ。」 「男の時は無理ですよって何回も言ったじゃないですか。」 途端にまくしたてたナタ殿の言葉は支離滅裂。 明らかに動揺している彼なんて滅多に見られるものじゃないから、余計にその慌てようが目についた。 恐らくこの人も雷が怖いんだ。 ここは怖くない振りをして優位に立つのが得策……違うかな諸君? だから虚勢を張って声をかけてやろう、がんばれ梨…! 「なっ、ナタ殿雷怖いんですかー?」 「僕は……っ!」 「ヒッ……!」 ナタ殿の言葉は、とびきり大きな雷鳴に掻き消される。雷は近くに落ちたようで、思わず声が出てしまった。怖いものは怖いぜ…!! 「僕は、怖いんじゃない、嫌いなんだ。」 耳を塞ぎ蹲ったままの私に、思いの外強い口調で返事が返ってきた。 何処か言い聞かせるような感じで、つい笑いそうになった口元を慌てて引き締める。 よくよく聞くと、以前直撃して機能停止に追い込まれたいきさつがあるらしい。なるほど、最強を謳うナタ殿が戦えなくなるのは致命的か。 「梨も悲鳴なんか上げて、怖がりじゃないか。」 「べっ、別に私は怖くなんて……ッ!」 ガラガラピシャアアアアアアン 「う、うわああ落ちた!?近い!?」 「木の下に行けば良いって素戔嗚が…」 「それ間違ってますよッ!!」 ナタ殿に雷が落ちた理由を垣間見て、走り出そうとした彼の腕を掴んだ。 彼は全身機械。ただでさえ電気を引き寄せるのに、どうやら素戔嗚殿に吹き込まれた嘘を素直に信じ込んでいるらしい。 いつの間にか降り出した雨の中、素戔嗚殿を信じて止まないナタ殿と木の下に行くか行かないかでまさかの綱引き。 互いの腕を縄にしてギリギリと力比べを繰り広げた。 雨に濡れるのも構わない。雷に打たれるよりはマシだ! 「素戔嗚が、間違ってるって、言いたいのッ?!」 「常識的に、ありえま、せんってば…!」 双方加減無しで力尽き、ゼイゼイと息を切らした頃には雨も雷も止んで再び曇天へと戻っていた。 1ミリも動いてない奇跡! 「ふん……雷落ちなくて良かったね、偶然だろうけど。」 「木の下なら百パー落ちてましたよ。」 ……馬鹿馬鹿しい。 最後、目線だけで交わしたメッセージは、私もナタ殿も同じだった。 そのまま無言で陣地に帰った私達が、伏犠殿に説教という名の雷を落とされたのは言うまでもない。 なんとかは風邪をひかない
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