人は嘘をつく。 平気な顔をして、冷徹に。 時には優しさに溢れたものがあろうと、人は人を騙す事を厭わない。 ところがどっこい仙人であろうとそれは変わらないらしい。 ま、太公望殿を見てればわからなくもないけど…… 「汝か、仙界より妲己を逃がしたのは?」 「…ん?何の事やら。」 そんな大きな嘘をついて表情一つ変えないのは、如何なものかと思うんだ。 だから素戔嗚殿のいなくなったところを狙って彼の隣に滑り込む。 「…聞こえましたよ伏犠殿。」 「ガッハッハ!ま、黙っててもらえれば嬉しいんじゃが?」 「新しい急須で手を打ちます。」 それにしても嘘がお上手ですね、なんて話題を振れば、お主は嘘が下手だと一笑に付されてしまった。 「ところで、ワシと素戔嗚の近くを通るとは何か用じゃったか?」 「……あ、そうでした。」 馬鹿にされた仕返しも兼ねて、ちょっと相談に乗って欲しいんです説教おじさん。と茶化してみた。 相談の内容人物をその言葉だけで理解したのか、伏犠殿が苦虫を噛み潰したような顔をする。そんなにナタ殿が苦手なのか、この人。 「ナタ殿、最近私を見ると鍛錬鍛錬うるさくて…。いくら怪我をしないとはいえ、流石にちょっとは痛いので止めさせられませんかね?」 「ああ…お主は怪我をせんかったな…。」 怪我をしない=永久に戦える=強い その方程式が成り立ってしまってるんじゃろ、なんて顎に手を当てて考え込んだ。 言っときますが、そんなの私だって分かってますよ? 対策を求めた視線を投げかけると、伏犠殿はバツが悪そうに目を泳がせる。 「あやつは弱い奴に興味を持たん。……ま、最近はちぃと違う方向に行っとるようじゃが…」 「違う方向?」 「ワシを『守る』じゃと。笑わせよる。」 苦笑した伏犠殿を余所に、私の脳内ではヒラヒラドレスに身を包んだ彼が再生されていた。笑わないように気をつけるのが精一杯…! けど、弱いものを守ろうとする、という気持ちの変化があるなら…これは使える? 「なら、私がナタ殿より弱いと認識させればいいですかね?……くふっ」 「そうじゃな。……顔が歪んどるぞ。」 ついに漏れた笑いに気付いたのか、彼が私の頬をつねって引っ張る。顔が歪んでるのは半分この所為です、伏犠殿。 反抗に喋ればふにゃふにゃと言葉にならず、目の前で見下ろしてくる伏犠殿が頬を膨らませて笑いを堪えているのが憎らしい。 「わ、わかりまひた。じゃあ提案がありまひゅ。」 「くく、提案?なんじゃ、聞くだけ聞いてやろうかの?」 ぱちん。 弾くように頬から摘んだ指を離されて痛みに顔をしかめた。きっとほっぺたは赤くなってしまっているだろう。 私の考えはこうだ。 ナタ殿から見れば、伏犠殿は弱い。だから自分より弱いはずの伏犠殿に守られれば、私は弱いものと認識されるはずなのだ。 …だから、真顔で彼に頼み込むしかない。 「私を守って下さい、伏犠殿。」 「……………。」 「伏犠殿?」 返事はない。 やっぱり聞くだけだったかと諦めたら、急に頭をわしわしと掻き乱される。折角梳かした髪がボサボサになっちゃったじゃないか! 聞こえる笑い声にムッとしながら見上げると、伏犠殿は笑いすぎて目尻に涙を溜めていた。 「がははは!当たり前じゃ、お主ほど守らねばならん奴も珍しい!」 「伏犠殿……!」 「幸せそーな頭しとるからな!!」 流石伏犠殿、と思った瞬間に馬鹿にされてコケかけた。確かに頭は良くないが、その台詞が褒め言葉に聞こえないだけの能は持ってるんだ! 男前発言に感動した私のハートを返してくれーっ! そんな彼は散々に笑いながら頭を撫でたあと、私の反論を待たずにその場から消えてしまった。 わだかまりの取れないまま、その背中に大声で叫ぶ。 それも嘘なら許しません!
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