この人の策は苛烈だ。 多分、妲己さんにも負けないくらいにえげつない。 「あははあ。そんなに気に入らなかったか?」 「え、」 「顔に書いてあるよ。でっかく『えげつない』ってね。」 これも軍師だからしょうがないんだ、すまないね。なんて心にもないことを言いながら、賈ク殿は水を煽った。 打算的で皮肉なやり口、あえて味方すら貶めるその策に、もともとポーカーフェイスの苦手な私が嫌な顔をしない訳がない。 「この戦い、男になる前なのに……」 「うん?」 「……私も戦に出ることになってますよね?」 「まァ、そーゆーことになるな。」 賈ク殿が出発地点に置かれた白の碁石を手にした筆の尻でカツンと叩く。 つまりこれが私であるらしい。 そのまま弾かれたそれは、どの碁石よりも早く敵陣が構えられている可能性のある場所へと移動した。 「妲己は必ずここで逃げる。追撃の道は二本で…俺がこっちに行くんでな。」 言いつつ、今度は黒の碁石が滑ってきた。これが賈ク殿ね、把握把握。 私が進まされる先は陣になっていて、妲己なら確実に兵を潜ませているに違いない。私ですらそう考えるのに、何故またこの人は私を…… 「というわけだ。立花達の先導は頼むよ。」 「…賈ク殿私のこと嫌いですよね。」 「……あっははあ、嫌いじゃあないな。好きかと言われたら、おいそれと頷けないがね。」 そーゆーときは嘘でも好きと言ってくださいよ、なんて言えないから、そのまま彼の作戦を聞いていく。 最終的に追い込む砦を北東にするため、北西から追撃を緩めないのが要だ。 …ここで納得した。 猪突猛進のギン千代さんが罠を顧みず突っ込んでしまったら、追撃の手が緩むことに繋がってしまう。 そこで役立つ不死…どころか傷を負わない体の私が便利になるのか。把握把あ……いけない、ちょっと凹んだ… 「了解しましたー。敵兵の中ウロウロしてきますね。」 「梨殿、お勤めよろしくー。」 にっこり笑った彼は、それこそどうとっても人の悪い顔だった。 …だから、今ちょっと面食らってます。 「ははぁ、やっぱり罠にかかったかぁ。」 「分かっててこっち来たんですか?!貴方馬鹿じゃないの?!」 「ちゃんと助けに来たのにその言い草はないだろぉ…」 あくまで救援の中心はギン千代さんと島津殿。 彼等が妲己を追った後、罠がまだ残った所から抜け出せずにいた私の所に、ひょいひょいと軽い身のこなしで攻撃を避けながら彼はやって来た。 さっきから弾き飛ばされっぱなしの私情けなさ過ぎないか…… 「策は全部纏まったんでね。あとは妲己を捕まえるだけ……」 「う、わぁ…!!」 賈ク殿に気を取られたから、とかじゃない。ただ単にまた罠に弾かれただけ。……直撃したとしても。 だから、吹っ飛んでまた顔面から地面に着地する訳ですね分かります! 「………っとぉ…。」 「……何やってんですか…」 「ん?梨を受け止めたんだが?」 着地したのは地面じゃなくて、スライディングした賈ク殿の上だった。なんて。 どこぞの少女マンガのような展開に頭がついて行かなくて、さっきまで悪態で塗れていた頭が真っ白になった。 「さて、先を急ごうか。二人揃って罠の餌食じゃ笑えん。」 ……そしてそのままお姫様だっこされるとは、誰が想像出来たろうか、いや出来やしない。 ジタバタ暴れようと、笑いながら走られては抵抗も無駄。屈辱的なことこの上ない。 ギャーギャー騒ぐ私を他所に、ニヤニヤしたままの賈クさんの口元が動いた。 …これも策の内ってね
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