あなたが私に与えた死




 クィディッチ一回戦はスリザリンが勝った。ハッフルパフとグリフィンドールはスリザリンが負けるところを見たくて仕方ない様子だったので試合の結果にガッカリしていた。一方勝ったスリザリンはお祭り騒ぎだった。こればっかりはジェシカもお小言なしで喜んでいる。なにせ今日の試合では誰も大きな怪我なしで済んだのだ。シュナは選手らがお互いを痛めつけ合う為だけにプレーするのを見るのが好きではなかった。マグルのスポーツと比べる訳では無いがクィディッチはかなり危険なスポーツだ。男の子たちは野蛮な行為にも歓声を上げるがそれがシュナたちには理解し難い。みんな競技場から城に戻るまでの道のりを今日の試合について話し合った。


「フェアプレーではないけど、男の子ってそういうので盛り上がるわよね」
「例えばチェスとか。この前マルシベールとエイブリーのを見たけど本当に野蛮よ」
「あたしは結構好きだな、スカッとする」

 ああやってムカつく奴をけちょんけちょんにしてやるのとアイリスは勝ち誇った顔をした。全くみんな女の子らしいんだから、という呆れた様子の言葉も付け足して。それを聞いたジェシカが眉を顰める。二人はことごとく馬が合わないらしかった。ジェシカとアイリスがシュナを挟んでちょっとした口論を始めたのでウンザリする。二人の肩に手を乗せるとアイリスはバツが悪そうにした。そしてすぐに何かを見つけて、シュナの手を自分の方へ引き寄せる。気遣わしげにアイリスが言った。

「この指どうしたの? 腫れてるじゃん」
「アー……大したことないよ」

 シュナはなんでもないふうにパッと手を離した。そのまま肩を竦めて両手をひらひらさせると反対側を歩いていたジェシカがピクリと眉を動かした。

「魔法薬学のときのね? あれほど医務室に行けって言ったのに」
「だって……すぐに冷やしたから大丈夫かと思って」
「そんな訳ないでしょ! おバカさん、普通は医務室に行ってみてもらうのよ」
「マダムポンフリーのところまで一緒に着いていこうか?」

 ジェシカの言う通りだった。このくらいすぐ治るだろうと放っておいたが昨夜からずっとジンジンした痛みが続いている。そもそもなんで怪我したのと追撃の矢を放たれてシュナは困ったように頭をかいた。これ、とローブの内側から小さいメモ帳を取り出す。

「シュナと、シュナのお父様とお母様?」
「家族写真だ。ワー、可愛い! ご両親とあんまり似てないんだね」

 そこに挟んであった家族写真を見せると、口元に指をあてたアイリスがじっとモノクロの写真を眺めた。確かに自分でもそう思う。母親の手を握っている小さな子供は無愛想でにこりともしない。両親がいつもの人当たりのいい笑顔をたたえているので余計に嫌な子供に見えた。魔法薬の調合をしているとき、教科書と一緒にメモ帳を開いて置いておいたのは良かったが、瓶に移し替えていた薬をうっかり零してしまったのだ。写真のことを思い出して咄嗟にメモ帳を払い除けたので少しだけ薬を被ってしまった。

「咄嗟に払おうとした。汚しちゃいけないと思って」

 医務室まで一緒に着いて行くと言ってくれたアイリスの提案を断って、先に城に戻るよう促した。午後から天気が悪くなるのか空はどんよりと暗い。シュナは途中でジェシカたちと別れて一人で医務室に向かった。

「もっと早く来るべきでしたよ。数日経っているでしょう、これじゃあ治りが遅くなります」
「ごめんなさい、マダム・ポンフリー」

 マダム・ポンフリーはフンと鼻を鳴らしてシュナに近くのベッドに座って待っているよう指示した。気がたっているようで忙しなく歩き回りながら「あんな野蛮なスポーツ」とか「たまたま怪我する生徒がいなかっただけ」とかブツブツ文句を言っていた。そのときシュナはふと近くのベッドに白いカーテンが引かれていることに気付いた。試合で大怪我した生徒はいなかったはずだ。さっきシュナも試合を見ていたし、マダム・ポンフリーもそう言った。でも、もしかしたら誰か体調を悪くして寝ているのかもしれない。カーテンの奥が気になってソワソワしていると塗り薬を手にしたマダム・ポンフリーが戻ってきて、テキパキと患部に薬を塗ってくれる。赤く痛々しかった人差し指にはガーゼが貼られ、今はその傷を隠していた。

 白い仕切りの向こうから勢いよく男の子が現れてベッドから飛び降りる。たった今箒から降り立ったようなクシャクシャの黒髪には見覚えがあった。ローブの裾がはためいて白と黒のコントラストに目を見開く。点一秒、映像が流れていくようなゆっくりとした時間が過ぎる。実際にはまたたきの間の出来事かもしれなかったが、シュナにはそう思えた。目が合う。緊張で自分の表情が強ばるのが分かる。男の子が口を開いた。その息遣いまで聞こえてきそうだった。

「おっと丁度いいや! 試合の結果、どうだった?」

 シュナよりも大きく目を見開いたジェームズは期待に満ちた顔で尋ねる。少なくとも、嫌いな相手に向ける眼差しではない。早くレイブンクローが勝利したと聞きたくて堪らないのか、落ち着かない様子でツンツンに跳ねた頭を弄っている。みんながレイブンクローを応援していたことは知っていた。外気に晒されて鼻の頭を赤くしたシュナを見て試合の帰りだと確信したらしい。どういうわけか知らないが、ジェームズは試合を見に来ることが出来なかったようだった。シュナは信じられなかった。そっか、ポッターは知らないんだ。カッと頭に血が上って怒りが込み上げてくる。廊下でエンターテインメントのためにかけた呪いに当たった被害者が目の前にいることなんて知らずに、あっけらかんとしている。知らないから、こんなに平然としてわたしに話しかけることができるんだ。冗談じゃない。勝利の報告を今か今かと待ちわびているジェームズは、シュナが歯を食いしばるのを見て怪訝そうな顔をした。我慢しよう。相手はわたしのことを知らないんだから、忘れて水に流すべきだ。寧ろ好都合だと捉えよう。漸くシュナは口を開いた。

「スリザリンが勝ったよ」

 たった一言を紡ぐのに随分と苦労する。勝ち誇るでもなく見下すでもなくただ機械的に答えたシュナの表情なんて気にもしない。ジェームズはガッカリして「そっか」と呟いた。用は済んだ、長居は無用だ。感情が波風のように押しては引いてを繰り返すのを感じながら、出来るだけ冷静になることだけを考えた。嫌な奴、根性の曲がった英雄気取りだ。思い上がりも甚だしい傲慢な人間だ。落ち着かなきゃ……感情任せになっちゃダメ……ただでさえスリザリンとグリフィンドールは険悪なのに、自ら火種を撒くのは良くない。いつだって先に喧嘩を売るのはスリザリンなのだ。生まれてこの方ぶつかり合いや喧嘩なんてしたことのないシュナはホグワーツに来てから周りを見ていてよく分かった。それがクィディッチ・シーズンになると激化することも。利口ではない、そう分かっていたのに口が勝手に喋っていた。

「二回戦が見物だね」
「ウン。勝てば頭でっかちのスリザリンをボコボコにできる絶好の機会だ」

 厳粛な表情でジェームズが頷く。どうやらハッフルパフに勝つ気満々らしい。なんて癪に障る態度なんだろう。棘のある言い方に、初めてシュナがスリザリン生だと気付いたらしい。

「そう。だったら普段からスリザリンにちょっかいかけるのはやめてよ」

 腹立たしさに思わず足を止めてしまう。スリザリンだけじゃない。誰彼構わず呪いをかけて他人に迷惑をかけるのをやめて欲しい。スネイプの心底憎たらしいといった唯ならぬ表情を思い出す限り、彼らは執拗にスネイプに執着しているのではないか。スネイプが周りから気味悪がられるのはよく分かる。事実、スリザリンの中でも浮いていた。同じスリザリンだろうがシュナには直接関係ない。それにしても感情を表に出さないあのスネイプがあそこまで強い感情を露わにするのはよっぽどで、この上なく悪質だと思った。

「知らないなら僕が教えてあげるけど、君ってとんだお節介焼きだぜ」


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