ダンスがはかどるだろ




 ホグワーツにも冬が近づいている。ここ最近一気に冷え込んだので、廊下の何処も彼処も暖をとろうとくっついて歩く生徒ばかりだ。冬の妖精がやって来たのかもしれないとシュナは思った。びゅうびゅうと氷の息吹を吐き出して、寒さに震える生徒を笑っている。急な寒暖差にホグワーツでは風邪が大流行で、医務室のマダム・ポンフリーは特製の元気爆発薬を作るのに大忙しだ。効果抜群だが、薬を飲んでから数時間は耳から煙を吐き出す。シュナはこの間両親宛てに送った手紙に、同室のベルが元気爆発薬を飲んだときのことを綴った。定期的に手紙を送っているうちに、シュナはホグワーツで起きた友人との出来事を記すことが増えていた。三日後にふくろうが咥えて持ってきた手紙には、ホグワーツでの生活を楽しんでいるようで何よりだと母親の見慣れたインクの薄い文字で綴られていた。そして追伸にシュナも幼いときはよく風邪を引いていたのだから体調には気をつけなさいとも。親元を離れたこともあり、シュナが心配なのだろう。入学してから薄ぼんやりと気付いてはいたが周りとこうも違うと両親の過保護さに少し呆れる。たまにジェシカにそのことを愚痴ると決まって「あなたが本当に心配なのよ」とそれらしい回答をよこした。彼女の家は純血主義で有名だ。それを悪名高いと評価する輩をシュナは今のところ見たことがない。常に嫌われ者のスリザリンには暗い噂が付きまとう。そんな寮に所属する人間が「嫌な奴」で片付けられるのは非常に珍しいことだった。非の打ち所がないので扱き下ろすにもめぼしい話題がないのだ。ジェシカは聡明で、言うことなしの優等生。無意味であると分かっているから喧嘩に首を突っ込まないし、無闇矢鱈にマグル生まれを貶すこともしない。おまけに聞き分けもいい。選民意識が強く、他寮を見下してバカにする(特にマグル生まれには酷い)スリザリン生とは少し違う。落ち着きがあって聡い彼女は、すこし、つめたい。シュナはジェシカのことをまるでフロスト・クイーンだと思うときがある。ずっと遠くを見据えている鮮やかなブルーの瞳は誰も写さない。例えば今日の冬の日みたいな温度だ。

「外で『寒いですか?』って聞かれても絶対に頷いちゃいけないのよ」
「どうして? 頷いたらどうなっちゃうの?」

 午前中の授業を全て終えたシュナたちは容赦なく吹き付ける冷たい風に押されながら渡り廊下を歩いていた。どこを見てもみんな、体を縮めて姿勢を低くしている。ジェシカは寒がりなのでいつもシュナにくっついてきた。少しばかり不便に思いながらも暖かいのでシュナは何も言わないでいた。普段はピンと伸びている背中はやや丸まって、鞄を胸の前で抱き締めるような格好をしている。余程寒さが苦手らしい。そういうシュナも得意ではない。ただ、ロチェスターの冬は凍えそうに寒いので慣れっこだ。反対に夏は暖かく過ごしやすい。どちらかというと急に気温が上がる方が耐えられない。

「今日は一段と寒いわね、凍えちゃうわ……」
「ずっと天気も荒れてるしクィディッチは延期になっちゃうかもね」
「絶対グリフィンドールの連中をぺちゃんこにしてやるんだから!」

 ベルは鼻息も荒くブンブン腕を振り回す動きをした。クィディッチ好きでよくベルとセットでいるジャスミンも大きく頷いた。

「試合、出来るといいなあ。大怪我は勘弁して欲しいけど」

 当たり障りなくやんわりと言ったシュナの言葉に、歯をガチガチさせているジェシカも全くその通りだと言わんばかりの表情をした。もう少しで廊下を渡りきるぞ、というところで突然背後から悲鳴があがる。なんだろう? 咄嗟に考えるより早く、体が動いた。周囲が逃げるように慌て出したのでみんな状況が掴めないでいるのか。体を捻って振り返ると、猫背気味の男の子が駆け抜けて行った。その拍子に思い切りシュナと肩がぶつかったがセブルス・スネイプは謝りもせずに通り抜ける。シュナは唖然とした。あんなに怒りに満ちたスネイプの表情を見たことがなかったからだ。そして、サッと杖を抜いたのもシュナは見逃さなかった。彼の背中を追いかけるように響いた複数人の笑い声を聞いて瞬時に何が起きているかを理解する。同じように気付き始めた何人かの生徒が安全なところまで逃げていく。

「やめて! ここで使ってはダメ!」

 甲高い声がジェシカのものだと気付いた時にはシュナは地面に伏せていた。普段の彼女らしくない、焦燥と懇願の入り交じったものだった。痛みが遅れて襲ってくる。その場で石のように動けないまま、スネイプに向けた呪いが逸れて自分に当たったのだと漠然と理解した。悲鳴と嘲笑、それから囃し立てる声。みんな、逃げ惑うスネイプと倒れたシュナを見世物のように面白がっている。呪いが逸れても盛り上がったなら万々歳ってか……最悪の気分。また閃光が走っていくのが辛うじて見えた。「信じられない!」それが狙いのスネイプに上手く当たったかはわからずじまいで、頭の中では誰かがヒステリックに叫ぶ声だけが響いていた。

「避けない方が悪い。そうだろ?」

 この混乱の張本人であるジェームズ・ポッターが口の端を吊り上げてにやりとした。つられてシリウス・ブラックも吠えるように笑う。シュナはしきりに呪いの効果がどのくらいで切れるかを思案していた。早くこの呪いが解けてくれればいいのに、そしたら連中に一発お見舞いしてやる。

「スリザリンにお似合いだ」

 そう吐き捨てられた言葉を聞いたとき、シュナは打ちのめされた思いだった。地面に転がっているから顔は見えていない、もし仰向けで顔が見えたとしても、覚えてもいないだろう。周りに気配があることからジェシカやベル、ジャスミンがいることが察せた。誰かわからなくたって声で分かる。間違いなかった。ホグワーツに来てから初めてシュナは泣きそうになった。体が鉛のように動かないせいで顔が上げられなくて良かった。こんな顔を誰にも見られたくない。段々足音は遠のいていく。そのままスネイプを追いかけるのかもしれないし、興醒めして解散するのかもしれなかった。早くどこかに行ってしまえ。すぐにジェシカが呪いを解いてくれた。シュナは廊下のど真ん中で転がっていずに済んだけれど、その瞬間に大粒の涙が頬を伝ったので慌ててローブの袖で顔を隠した。ベルは急に自分の寝癖に興味を引かれたらしく、直そうと躍起になっていた。ジャスミンもそれを笑ってジョークを言っていたがシュナはちっとも笑える気分にはなれなかった。

 小さい頃から一人遊びしかしていなかったので友達はホグワーツに入るまでいなかった。たまに遊び相手をしてもらっていたのは近所のウォーカーさんだったし、箒に乗りたいときはご近所さんが誰も見ていないか確かめて細心の注意を払う必要があった。ホグワーツに来て、特急の中でジェシカと友達になった。今まで順調に学校生活を過ごしていたのに。別に彼は友達でも何でもなかったし、覚えてもいないだろうけれど。前に騙し階段にハマって抜け出せなくなっていたグリフィンドールの子。シュナが助けた子だ。大勢の目の前でお笑い種にされていたあの子なら、スネイプの気持ちも、シュナの気持ちも、痛いほど分かるはずなのに。グリフィンドールの連中は憂さ晴らしできるなら誰だって良かったんだ。それがたまたまスリザリン生に命中して面白かっただろうな。みんなの笑いに変えられるなら、一人はどうだっていいんだ。わたしがいつ「純血」であることを鼻にかけて、「マグル生まれ」を貶したって言うんだろう。悔しくて悲しくて、流れ続ける涙は中々止まってくれなかった。


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