日陰で育った花は黒い




 ホグワーツで初めてのハロウィーンを迎えた日のことだった。生徒たちはかぼちゃパイのこんがり焼けた匂いに誘われるように目を覚ます。みんな、朝食のときから今夜のパーティーのことで頭がいっぱいだったようでハッフルパフ生がはしゃぎすぎて注意されているのを見かけた。

「あの子知ってる」
「どれ?」
「ほら、ブロンドの子と一緒にいる……」
「それがどうしたの?」
「たしかマグルの雑誌に載ってた子よ。なんて名前か忘れちゃったけど」
「でもあの子って純血でしょ。ローラット家の子と歩いてるんだから、気のせいじゃない?」
「見た事あると思ったんだけどな」

 シュナは最近コソコソと噂されることが増えていた。スリザリンにいるというだけで敬遠されているのか誰一人として直接シュナに話しかけては来ない。けれどグリフィンドール生や、シュナが知らない上級生がぺちゃくちゃとこちらを見ながら話しているということがよくあった。彼らは決まって目が合うと話をやめ、そそくさと居なくなるのだ。数日経つ頃、シュナは漸く原因を突き止めた。まずひとつに、コソコソと話している人たちの中にスリザリンの寮生がいないこと。そして、大半がマグル生まれの生徒だということ。決定的な証拠となったのは、すれ違いざまに「絶対そうよ。間違いないわ……」「雑誌で見たんだから……」と誰かが興奮気味に話すのを聞いたときだった。マグル生まれの生徒ならシュナを知っている子供もいるだろうし、反対に純血の魔法族の子供がシュナを知らないのは当然だろう。例外といえば、ジェシカくらいだ。両親と同世代の親がいる魔法族の子供ならシュナがマグル界で何をしていたか知っているかもしれない。

「不躾だわ」
「いいよ、気にしてないから」
「聞きたいなら直接来ればいい話だと思わない?」
「でもあの子たちは大半がマグル生まれなんだよ。近寄り難いんじゃない」

 ジェシカが頭を振った。彼女はここの所、薬草学のレポートに行き詰まっている。シュナも目を通したがこれといって問題はなく、十分点数は貰えると思ったが彼女は納得していなかった。期限まではあと二日、寝室の壁にかけられたカレンダーがレポートや課題の提出日を知らせる度にジェシカは焦って取り組んでいた。今も移動教室の合間に同じスリザリンのマルシーベルに添削してもらっている。シュナはとっくにレポートを終えていたので毎日それを見せられるのに疲れてきていた。今日一日はマルシーベルが添削係になるらしい。これで今夜はぐっすり眠れるだろう。

「まだあと二日もあるよ」
「もう二日しかないの間違いでしょう! シュナ、今夜もう一度確認してくれない?」
「じゃあ水曜日はモーニングコールよろしくね」
「分かったわよ」

 カリカリしながらジェシカは鞄にレポートを突っ込んだ。シュナはまた今夜も心配症なジェシカにあーでもないこーでもないと言われなければならないことになってしまった。教室の前の席は人気がない。みんながそこを避けるのは、一番前の左端にほとんど教科書を鼻にくっつけるようにして読み耽っているスネイプがいるからというのが一番の理由な気がした。真っ黒なローブも改まって育ちすぎたコウモリのように見える。シュナとジェシカは顔を見合わせて肩をすくめると三列目の席に座った。スリザリンのみんなが口を揃えて気味が悪いと言うのに二人は同感だった。最初の頃はみんな彼に声を掛けていたが、いつしかそれも無くなった。シュナも何を考えているか分からないスネイプが苦手だった。前にジェシカとスネイプの話をしたことがあったが、お互い「あの類の人間は無闇に干渉しないほうがいいタイプ」ということで一致した。

 三時間目が終わる頃、ジェシカが呪文学の授業中にも関わらずまたレポートの話を持ち出してきたのでシュナはついに耳を塞いだ。基礎が大分固まってきたのでものを飛ばす練習していたのに、杖の振り方をすっかり忘れてしまったのだ。ジェシカの苦手な薬草学にだけ発症する心配癖をどうにかして欲しい。今日はハロウィーンのご馳走が待っているのに夕食でもこの話題を持ち出されたらたまったもんじゃない。

「シーッ! 今はこっちに集中してよ、掴めそうなんだから……」
「ビューン、ヒョイ、でしょ? 分かってるわよ」
「わたしは二つのことを同時に考えたり出来ないんだってば」

 ビューン、ヒョイ……ビューン、ヒョイ。うん、手の動きは合ってるはず。奇妙に羽が動くだけで全く浮かぶ気配はない。ところが他所の心配をしているジェシカの羽は数センチ浮いたり、落ちたりしていた。彼女の器用さに内心舌を巻く。シュナは頭の中に入ってきた余計なものを取り除きながらまた羽と睨み合う。結局授業が終わる頃になってもシュナの羽は完全には浮かばなかった。ジェシカが優秀だというだけで、自分だけが遅れをとっているわけではないと分かっていても少し落ち込んだ。しかしそんな暗い気持ちも大広間に向かう途中には吹き飛んでしまう。ご馳走が食べられる嬉しさにジェシカと二人で小走りになった。大広間にはたくさんのコウモリが羽ばたいていた。何千匹といるに違いない、魔法がかかり重く垂れ込んだ灰色の雲のそばを飛び回っている。くり抜かれたかぼちゃの中には蝋燭の炎がちらついている。ゴーストたちはいつもより上機嫌だった。巨大なかぼちゃの提灯もある。入学式と同じように「あ」と言うより早く金色の皿とご馳走が現れた。キャンドルは炎を受けてきらきらと輝いている。

「レポートのことは一旦忘れて、ご馳走を楽しまなきゃ!」

 シュナが勢いよくスリザリンのテーブルに滑り込むと隣に座っていたルームメイトのベルが目を白黒させた。ステーキ・キドニーパイを避けてポテトとサラダを皿に盛る。シュナはあの独特の味が苦手だった。

「いつまでもレポートのことなんて考えてたら頭がおかしくなっちゃうわよ!」
「そうそう。ハロウィーンなんて年に一度きりなんだから」

 ステーキ・キドニーパイを頬張るベルがばしんとジェシカの背中を叩く。ジェシカはそれに噎せてかぼちゃジュースを吐き出しそうになっていた。

「トリック・オア・トリート!」

 パーン! 何かが弾けるような音がした。誰かが巨大なクラッカーでも鳴らしたのかと思ってシュナは顔を上げる。見れば隣のグリフィンドールのテーブルから割れんばかりの歓声があがっていた。テーブルから身を乗り出してちょっとしたお祭り騒ぎだ。みんな心底楽しそうに笑っている。音の正体はクラッカーでもなんでもない、大広間で誰かが放った呪文だった。作り出されたグリフィンドールのシンボルである獅子が花火になって打ち上がる。カラフルな火花が弾けた。シュナの頭の上を飛んでいたコウモリがリボンを巻き付けられて膝に落ちてきたのでしばらく笑っていた。「ポッター! ブラック! やりすぎです!」お祭り騒ぎを起こした原因の人物らしい男の子がグリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生に追いかけられて大広間を駆け出していくのを見た。無造作にはねたクシャクシャの黒髪とヘーゼルの瞳、間違いない。ホグワーツ特急で見た男の子だった。一緒になって後を追いかけていく二人のうち、背の低い方は騙し階段にハマっていた子だったし、ヘーゼルの瞳の子と共犯の男の子は組み分けのときにシュナの前に呼ばれた子だった。何度か見かけていたかもしれないのに、デザートのトライフルを食べながら唐突にシュナはそのことを思い出した。


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