xx、本能が笑ってる




 よりによって近くにいたのが彼らだったなんて。気分が変わったシュナは苛立ちながら廊下を過ぎり、チャイムが鳴るのとほぼ同時に教室に滑り込んだ。ジェシカは目を白黒させて「どこに行ってたの?」と慌てていた。あの後いつまで経っても教室に現れないシュナを心配してくれていたようだった。「色々ね」ホコリやら蜘蛛の巣やらを払うシュナにジェシカは呆れたように額を押さえる。

「グリフィンドールとの飛行訓練が嫌でトイレに籠城したのかと思ったよ」
「まさか。えっ? ちょっと待って」
「忘れたの? 今日は木曜よ」

 前の席に座っていたプルーがねぼすけさん、とからかう。鼻の頭をつつかれてシュナは顔をしかめたが、堪えきれずに小さく吹き出した。『魔法の薬草ときのこ千種』をぱらぱら捲りながら羽ペンを走らせる。スラグホーン先生の授業はいつでも楽しいのでシュナは結構魔法薬学の時間が好きだった。今日は二限続きで魔法薬学がある日で、その後飛行訓練があることをすっかり忘れていた。

「グリフィンドールの女の子たちときたら! 合同授業のたびこっちを睨みつけてくるんだから」
「根本的に合わないのよ。創設者時代から仲が悪いって言うじゃない」
「実際仲良くなれる気がしないもの」
「全くだよ、言えてる」

 創設者時代から仲が悪かった。ジェシカのその言葉が何故かすとんと胸に落ちた。ああそうか、と納得してしまう。わたし達って遺伝子レベルでいがみ合ってるんだ。そりゃあ合わない。

「楽しい事だけ考えて飛べばいいのに。シュナもそう思うよね?」
「うん。干渉しない方がいい、お互いのためにも」

 ベルは残念がっていた。アイリスは羽ペンを弄りながら窓の外を見つめている、シュナもつられて城の外を覗くと、晴れが続いて少し積もっていた雪が溶けてしまっていた。飛ぶのには適しているけれどこの季節には寂しい気もする。きっとクリスマスが来る頃にはまた雪が積もっていることだろう。気付けばみんな真面目にノートを取ったりヒソヒソしたりを繰り返している。シュナだけは心ここに在らずでなんとなく羽ペンを握り直していた。ジェシカの言葉が頭の中でぐるぐる渦巻く。へんてこな部屋の中で出会ったリーマスの姿がぽつねんと浮かんだ。

「お笑い種も良いところだ」

 みんなと違うって怖い。ホグワーツに来てから知らないことばかりで、レールから外れてしまうのは恐ろしいと思う。グリフィンドールとは友達になれない。強く確信した。シュナはスリザリンのみんなが好きだ、彼女達が仲良くしてくれるならわざわざ危険な橋を渡る必要なんてない。後ろ指を指されるのはもううんざりだ。ジェームズの呪いを受けた日居合わせたグリフィンドールの男の子達が未だにシュナを見つけると、廊下でもどこでも嬉々とした表情で「おーい、かまってちゃん!」と叫ぶので苛立っていた。構いに行ったんじゃなくてそっちが構ってきたくせに。思い出すだけで頭が沸騰しそうに熱くなる。

 飛行術の授業が終わったあと、リーマスはシュナを待っていた。咄嗟に周りを見渡して人が居ないか確認する。ほとんどみんな寮に帰っていったようで安堵する。地下まで着いてこられてはたまったもんじゃない、ぐいぐい腕を引いて近くの空き教室にリーマスを押し込んだ。

「誰かに見られたらって考えないの?」

 どうしてこんなに無鉄砲なんだろう。シュナがきっと眉を吊り上げるとリーマスは面食らったような顔をした。「そうしなきゃいけないの?」リーマスが素っ頓狂な声を上げる。本気で訳がわかっていないらしい。シュナは段々頭が痛くなってきた。

「今朝怒ってただろう。君と仲良くなりたいから、何かしたなら謝りたくて」

 弱々しいけれど柔らかな笑顔だ。嫌味を言おうしたのに喉がしまって押し黙ってしまう。歯噛みしていると急に教室の隅のロッカーが揺れだしたのでシュナは驚いて飛び退いた。何か出てくる。リーマスが真っ先に杖を抜いて、後ろ手で教室のドアを開けたのを横目にしながらシュナはロッカーに釘付けになっていた。遠くで名前を呼ばれている気がする。ロッカーがゆっくり開いて、中から生白い手が出てきた。反対側からも同じように病人のような腕が伸びてきた。ほとんど骨と皮だけで注意深く触れても折れてしまいそうな細さだ。元から小さいから細いのか、細くなってしまったから小さいのかシュナには判別できなかった。削り取られたように浮き出た鎖骨もやはりゴーストのような色だった。そう思った瞬間にこれはホグワーツのゴーストなのではと思う、けれどゴースト達は簡単に人でも壁でも通り抜けてしまう。じゃあこれは一体なに。「シュナ!」リーマスが強く名前を呼んだのが分かった。逃げなきゃ。足がもつれたのか、両足が床を踏みしめる感覚が曖昧になって思い切り鼻を打った。呻きながら鼻を抑えて立ち上がる。ふらついた体を真っ直ぐ立たせて、視界に写ったそれに驚愕した。ひゅっと喉が鳴る。ナイフでかき切られたような感覚すらあった。おぞましい姿だ。とてもこの世のものとは思えない。

「立って走るんだ!」
「な、なっ……! あれ!」

 全身をそっとガーゼで包まれるみたいにゾワゾワした。何度も足がもつれて転んで永遠と続くかと思われた廊下を走った。指先は血が抜けていくように冷たい。骨まで震えていた。こんな最悪な場所はない。

「あんなのがいるなんてどうかしてるよ」
「……襲ってこない、一先ずは大丈夫だと思う」
「最悪! 夢に出てきそう」

 どっと力が抜けて膝から崩れ落ちる。へたりこんで動けないでいるとリーマスも隣に座った。ここまで来ると、さっきまでのことなんかもうどうでも良くなってくる。見てはいけないものを見てしまったとはこういうことだろう。シュナよりもずっと年下の、男の子か女の子かも分からないような子供だった。どこもかしこもミイラのようで気味が悪い。眼窩からは今にも目玉が転がり出そうで、長い間風呂に入っていないことが分かる。頭中に虫が湧いていたことを思い出した途端、酸っぱいものが込み上げてきて口を覆った。

「歩けそう?」
「……なんとか。よく平気でいられるね」
「はっきり見てないだけ」

 リーマスも顔色が悪かった。自分と同じくらい青ざめているのではないかと思った。

「そういえば何の話だっけ」
「きみが嫌じゃなかったら、僕と仲良くして欲しいって話だよ……」
「それだ。もういいよ、なんでも」
「本当に?」
「うん、疲れたし……三日はまともにご飯も食べれなさそう」

 帰ったら寝よう。頭が追いつかない。リーマスは少しだけ嬉しそうだった。ショッキングなものを見たせいでヘトヘトなのに食欲も無い。もう……よく分からない。寝室のベッドが恋しい、重たい足取りで寮まで向かう。リーマスが談話室まで着いてきそうだったので慌てて断った。どうやってベッドまで辿り着いたか覚えていないが、深い眠りに落ちながら波乱の一日を振り返った。動く階段、謎の部屋、真っ暗闇。リーマスがいる。アリスに出てくるようなギミックの部屋から飛び出す。シュナはジェームズとシリウスを見かけて怒りで頬を紅潮させていた。場面が変わる。飛行術の授業中だ。ベルが自由自在に箒を操っていて、先生に褒められるとグリフィンドールがそれを冷やかして笑う。ムッとしたシュナはグリフィンドールの方に視線をやる、すると、振り向いた生徒の中にさっきの空き教室で見たゾンビの子供がいた。こっちを見ている。ローブの隙間から腐った肉がとけて芝生に落ちた。おぞましくて同時に可哀想だとも思う。たまらなくなって叫ぶと、自分の絶叫で目を覚ました。どうしたの? ジェシカが慌てた様子で顔を覗き込んでいるのが見える。汗が冷えて背中が冷たいのに激しく息を切らしていた。

「夢、夢を見てた、昔の」

 水を流し込んで汗を拭ってから、また糸が切れたようにぷっつり意識を手放した。四本柱のベッドで寝ているはずなのに、ずっとあの空き教室の前に立っている気がして悪夢からは逃れられなかった。


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