汚れるから白色がすき




 シュナとほとんど背丈の変わらない少年は何度か咳き込みながらあたりを見回した。そして暖炉の前で驚いて口を開けているシュナを見つけると不思議そうな顔をする。

「見るのは初めてじゃないだろ」

 ハンサムな顔立ちをしているのが灰を被っていても分かったが、しかし偉そうに見える。冷たい印象はどこかで見覚えのあるものだった。シュナは暫く大声で母親を呼ぶか迷った後、目の前の彼に向き直ることにした。立ち上がってカーペットのそばで威嚇しているキルケを抱き上げる。

「……初対面のはずだけどね。ブラック」
「そう冷たくしてくれるな、旧友よ。仲良くしようじゃないか」
「おかしいや、友達だった覚えなんてないのにな」

 シュナがピシャリと言い放つとシリウスは意外そうな顔をした。仰々しい態度で頭を下げて片手を差し出す。シュナはその手を取らなかった。ふざけるのも大概にしてほしい。色々言いたいことはあったけど真っ先に口をついて出たのはどうしてここに来たのかだった。知ったような足取りで暖炉の前に置かれたソファに腰掛ける振る舞いは高慢ちきだ。そばには母親が編んでいたパッチワークキルトが掛けられている。シュナがホグワーツに行く前はまだ編み始めたばかりだったのに、いつの間にか完成していた。シリウスのほうに視線を戻すと、何やら言いたくなさそうで、中々口を開かない。

「喧嘩した」
「誰と?」
「あの家のやつらに決まってるだろ」
「ひどい言い方、家族でしょ」

 呆れているとシリウスはクソ爆弾でも喰らったような顔をした。「クソくらえだ」吐き捨てるようにそう言ってシュナの後ろの壁よりもっと遠くを睨み付ける。家族のことが嫌いなのも、喧嘩して家を飛び出すほど勇気があることも知らなかったので眉根を寄せる。何も知らないのに、どうして彼はわたしを知っているんだろう。なんだかあまりいい気はしない。それに、なんの関係があるんだろう。分からないことばっかりだった。

「ところで今日が何の日か分かってる?」
「だから言ったじゃないか。メリークリスマス。最高の日だ」
「最悪って顔だけど」

 それに仲良くするつもりなんかない。
 シュナはツンとしてそっぽを向いた。釣れないな、なんて思ってもなさそうに浅く笑う。女の子たちはシリウスとお近づきになれることを喜ぶだろうがシュナはそうは思わなかった。寧ろ軽々しくて嫌な感じだ。

「いたずらでもタチの悪い呪いをかけるような人たちと仲良くしようと思わない。流れ弾を喰らってたら尚更ね!」

 噛み付くシュナにシリウスは一瞬気後れしたが、悪かったよと一ミリも思っていなさそうに謝った。余計に腹が立ったのでくるりと背を向ける。今度こそ母親を呼ぼうとすると後ろから腕を引かれた。バランスを崩して尻もちをつく。一緒になって転がったので暖炉のそばの大きなクリスマスツリーがどしんと揺れた。魔法で降らされていた雪が奇妙な動きをする。「シーッ!」舌先から息だけ漏らしたシリウスが片手で口を塞いでしまう。全く、一体何のつもり? シュナは叫びたいのをぐっと堪えた。これじゃあ泥棒とまるで同じだ。ソファの影でキッチンからは見えないまま、暫く二人は黙っていた。

「君は覚えていないだろうけど」

 ささやき声でシリウスが言った。聞き返そうと首を動かしてその距離にぎょっとする。長いまつげの一本一本までよく見えた。息を詰まらせていると母親の呼ぶ声に心臓がどきんと跳ねた。シリウスの手を振り払って勢いよく立ち上がる。

「ママ!」
「まあ、まあ、驚いた! ……シリウスね? 久しぶりだわ、元気だったの?」
「キャンベルさん、お久しぶりです。ええ……」
「思った通りのハンサムな男の子だわ。きっと女の子たちが放っておかないでしょう」

 まるで可愛い甥っ子に会ったかのようだ。チークキスをすると、もう一度シリウスの頬に手を添えてまじまじと彼を見つめる。「よく顔を見せて」黒髪を撫でつけながら微笑んで、やっとシュナの存在を思い出したらしい。裏切られたような気持ちだった。

「わたしだけなんにも知らないんだね」

 ショックでどうにかなりそう。そんなシュナをよそに母親は茶目っ気たっぷりに笑いかけるだけだった。

「一緒に雪遊びでもして来たらどう?」
「嫌だよ!」
「じゃあディナーまで部屋で遊んでなさい。後からココアとヌガーも持って行くから」
「ありがとうございます」
「いいのよシリウス、シュナと仲良くしてあげてね」

 この家に味方はいないらしい。この調子だとパパもこうだ。イライラして階段を登りながら部屋のドアを開ける。ほとんど荷解きしていなかったのでトランクと大きめのバッグがベッドの上に放り投げられていた。ピンクのクッションを渡しながらシリウスに一刻も早く帰ってもらうことだけを考える。そのことだけに頭を巡らせていると大事なことを思い出してはっとした。口を開いたがシリウスのほうが早かった。

「そうだ、ローラットは君の友達か?」
「いつも一緒にいる。だったらどうしたの?」
「そうか……」

 なにやら思慮深げに呟いて顎に手を添えるとウーンと唸る。左右に頭を動かしてあっちへいったりこっちへいったりしていた。身構えながら次の言葉を待つ。

「だったら、愛しいあの家は最低のクソ野郎ってところだ。トロール並の脳ミソのやつらがうようよしてる」

 ニヤッと笑う。何が言いたいかシュナは理解した。母親が喜んでシリウスを迎え入れた理由もすぐにわかった。

「でも、ママとパパはどうして知り合いなんだろう。学生時代の顔見知りってだけじゃなさそうだけど」
「さあね。イカれたなんたら主義じゃないならなんだっていい、おばさんは本当にいい人だし」
「いつ会ったの? わたしもいた?」
「お互いまだちっちゃな三歳だった」
「シリウスだけ覚えてるのに?」
「まさかとは思うけど、自分が病気がちで寝込んでたことを忘れたんじゃないだろうな」

 母親が運んできたココアとヌガーを食べながらシリウスが茶化した。知らないうちに会っていたなんて、変な気分だ。ゆっくりと降り出した本物の雪を見ながらシュナは大きく息をつく。ホグワーツに入ってから、何もかもが変わりそうだ。ジェシカに会ったら真っ先に話そう。


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