前に轟くんは(たぶん何も深い意味はなく)「デートじゃねえのか?」とわたしに言った。まっすぐな目でまじめに問いかけてきたので、びっくりしたけど、また天然を発揮してるんだなあとあんまり相手にしなかった。だって轟くんってこういう人なんだって知ってるから。ちょっと抜けてるというか、でもそんなところがギャップでかわいいというか。強くてかっこいい男の子なんて、他のたくさんの女の子が放っておくわけがなかった。言わずもがな彼はモテる、お節介だと重々承知しているが、たまにわたしは注意してあげたくなるのだ。

 轟くん轟くん、そういうことはね、女の子に軽々しく言っちゃいけないんだよ。君みたいなかっこいい男の子に言われたら誰だって勘違いしちゃうよ。

 わたしだって彼に天然な部分があると知らなかったら簡単にハートを鷲掴みにされていたに違いない。実際、分かっていてもちょっと危なかった。そのときはなんとなくで受け取ってサラッと流したけど、寮に帰って冷静に考えると腰を抜かすかと思った。何せ顔がいい。顔がいい男はダメだ。すごく危ない。

 どうしてそんな流れになったのかと思い返せば確かこんな感じだ。休日、買い出しに行ったらドラッグストアで買い物していたおばあちゃんがわたしたちを見ながらデートかねえとのんびりした口調で言ったので、わたしも和やかに、にこにこしながらデートみたいだってと轟くんに笑いかけた。おばあちゃんかわいいな、と思っていたので勿論深い意味はなく。そしたら轟くんが不思議そうに首を傾げてこちらも当然意味などなく「デートじゃねえのか?」と最初に説明したように言ってきたのであった。遡ると普通に自分が巻いた種であったことが発覚して悶えた。何気なく放った言葉の重みに気付いていなかったと弁明させてほしい。

「みょうじ」
「やあ轟くん。今日はとってもお日柄もいいね」
「今日仏滅だぞ」

 よりによっていま一番会いたくない人が来てしまった。わたしがトンチンカンなことを言っているのに轟くんは顔色一つ変えずに涼しい顔をしている。あれーほんとだーと困った顔をしていると、今度は何か言いたそうにこっちを見た。綺麗な色彩を持った彼の瞳がまたたいてわたしを捉える。長いまつげが伏せられると作られる影に羨ましくなってしまった。いいなあ、男の子なのにまつげ長い。そこで、もしかして捉えられているのはわたしの方ではと思い至る。はっとした。目を離せないでいるのは、わたしの方だった。

「来週、予定あるか」
「ん? 特にないけど……」

 はて。彼はなんでまたそんなことを言い出すんだろう。意図が読めないわたしをよそに轟くんは子供みたいな目をしていた。いつもよりなんとなく目がきらきらしている。なんだその無垢な目は。

「デート」
「うん!?」
「またデートしてえ」
「と、とと、とどろきくん!」
「ダメなのか?」

 ダメとかいいとかの問題じゃない。今回ばかりはやれやれまったくと流せない。轟くん、きみはすごい勘違いをしている。これはまずい。誰かに聞かれたりしたら色々とまずい。面倒なことになる。飛び上がって辺りを見回す挙動不審なわたしの返事を待つ彼の背中を押して廊下へ追いやる。峰田くんや上鳴くんに聞かれてしまったらたまったもんじゃない。

「それってもしかして、この前の買い出しのことかな? 買い出しって言いたいんだよね?」

 デートとは。(親しい)男女が日時を決めて会うこと。その約束。

 デートの定義はだいたいこうらしい。あのときわたしが受け流さなければよかったのだろうか。デートみたいだって、そんなんじゃないのにねえと笑いながらもちゃんと否定しておくべきだったのでは。これから彼が何でもかんでもデートだと言い出したら問題になってしまう。今更遅いのかもしれないが。何から説明をつければいいのかわからなくなってきた。

「ああ、楽しかった。また一緒に行って欲しい」
「た、楽しかったって」

 そんなふうに思っててくれたのか。知らなかった。どんどん追い詰めていく轟くんのペースにすっかり巻き込まれている。たじたじになって、為す術なく首を縦に振ったわたしはデートという名の買い出しの約束を取り付けてしまった。次に彼と出かけるときはそういう言葉を安易に使ってはいけないと教えなければならない。(2020.12.26)

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