「ほんとにいいの?」
「いいの」
「ずっとこの長さだったのに」
「そろそろ飽きてたから」

 そっとわたしの毛先をすくった美容師さんが名残惜しそうに眉をさげる。何年も通っているから遠慮なんてしなくていいのに、失恋? と直球に聞いてこないところがやさしかった。

「なまえちゃん、短くしても似合うね」

 じょき、じょき、と髪の毛を切り落としていくはさみの動きを視線で辿る。慣れた手つきに安堵して目を閉じた。

 何年か前、かわいいって褒めてくれたからずっと続けていた髪型をやめた。足元に散らばった毛束を睨み付けると視界が曇って喉が締まる。首元は随分さみしい。借りていたゲームはすぐに返そうと思って鞄の奥につっこんだ。別に興味なんてなかったのにわざわざ調べて話を合わせた自分が惨め。生まれつき少し明るい髪色も今は嫌いだ。ピアスホールなんてひとつもない誰かの耳と取り替えたくて涙が出る。これ、塞がるのに何日かかるかな。今までの自分を消してしまいたくて必死に目に見える部分から改造しようと躍起になったわたしは幼なじみを好きだった痕跡をひとつ残らず断捨離していた。

 正直に言って自惚れていたのだと思う。自分のことなのに曖昧な言葉で表すのは往生際が悪い、この際はっきりと認めよう。わたしは自惚れていた。勝手に決めつけて舞い上がって同じ分だけ気持ちが返ってこないと分かった途端に取り繕って誤魔化した。最低だった。相手にとっても自分にとっても最低なやり方だったけれど、こんなのはあまりにも馬鹿で恥ずかしくて耐えられなかった。最初から全部わたしひとりのごっこ遊びだったのだ。小学校にあがって気づいた頃には幼なじみのことを好きになっていた。ずっと昔から二人でよく遊んだし、喧嘩もしたけれど、わたしたちは本当の兄妹のように仲が良かった。好きなおやつが一緒だったからいつも半分こ。泣き虫で情けない男の子は世界で一番やさしい子なのだということを知っていた。この気持ちも当たり前に半分こになるのだと信じて疑わなかった。わたしは何でも知っているのに、隣に並んだのは全く知らない別の人。つやつやの黒髪ロングとか、折りすぎてないプリーツスカートとか。いかにも清楚系代表って感じで気に食わない。取られた。そう思うのはお門違いでも、思わざるを得なかったのだ。

「おめでと。しあわせそうでいいね。彼女かわいいしよかったじゃん」
「ほんと、オレなんかでいいのかなって感じだよ」

 はにかんで頭の後ろで手を組むと、さっさと会話を切り上げてしまう。この後一緒に帰るんだろうなと大方の予想はついている。

「じゃあな」

 教室の扉をすり抜ける間にぽん、と軽く置かれた手に戸惑う。いつの間にかわたしよりずっと背が伸びていることに今更気づいた。嫌いになろうと思ったのにどうしようもなく正直な心臓は大きく脈打つ。ありえないくらいのどきどきが押し寄せて、うっかりしていたら泣いてしまいそうだった。

 だから、わたしはもうあんたの妹じゃないんだって。そう思った。

「辛気臭い顔」
「悪かったな。元からこんな顔だよ」

 隣の席でうじうじされるとイラつく、とある日の席替えで隣になった獄寺が言った。お昼休みのチャイムが鳴って、友達がお弁当を持ってこっちに来る間の短い会話。別に仲良くもないし普段から話すわけじゃないけど、何となく気にかけてもらえた気がしてちょっとだけ救われた思いだった。

「あ、そのたまごやき美味しそう」

 やだよ。と言うより早く友達がたまごやきを持って行ってしまう。代わりに差し出されたコロッケがお弁当箱の中に置かれる。わたしはツナがいつもお母さんの作ったたまごやきを欲しがっていたことを思い出す。すうっと腕が伸びて、同じようにたまごやきは持っていかれる。別にそれがむかつくわけじゃなかったし、おかずを交換するのはわたしも好きだ。ハンバーグとか、美味しいし。ツナのたまごやきが取られちゃった。いつからかツナが欲しがるだろうと思ってリクエストしていたたまごやき。なんだかそれが無性にかなしくて、引き金になったみたいに涙が出る。獄寺が何も言わずに一度だけこっちを見た。

「うわあん」
「えっなに、ごめん! なまえそんなにたまごやき好きだったっけ?」
「たまごやきが……」
「ほんとごめん! そんなに強い思い入れあったの!?」

 ねえ、それツナのだよ。もう一緒に机をくっつけることもないだろうけど、わたしがずっと期待を隠し持って入れてたんだ。取られてばっかり。もう明日からお弁当にたまごやきを入れるのはやめよう、あんまり惨めだ。べそべそしながら食べたコロッケはびっくりするほどおいしい。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -