歩調なんて合わせる気のない後ろ姿を一生懸命追いかける。こちとら浴衣着て下駄で来てるってのに気遣う素振りすら見せない。薄情者、と心の中で罵りながら相変わらず縮まりそうにない距離を少しでも詰めるためにこっそり浴衣の裾を持ち上げて前に進んだ。神社はそこそこ人で溢れているから、足元なんて誰も見ないだろう。おばあちゃんがまだ綺麗だからもったいないなんて言って着付けてくれたのはいいけれど、周りの子たちはみんな鮮やかで可愛い柄の浴衣を着ていて正直羨ましい。よく言えばレトロで悪くいえば古臭い。わたしだって新しい浴衣が欲しかったのにお母さんはおばあちゃんに味方した。ついでにお姉ちゃんまで裏切った。高校生になってこの浴衣が着れなくなったお姉ちゃんは新しいのを買ってもらっておいて、おさがりがわたしに回ってくるようにするなんて。着崩れるから走り回らないこと、足を閉じてお淑やかに歩くこと。色々言い聞かせられたけどそんなことすぐに頭から抜け落ちたわたしはほとんど走り出しそうな勢いで獄寺の背中を追いかけていた。

「速すぎるんですけど!」

 かなり大きめの声で呼んだってこの人混みの中では当たり前に届かない。あっちへ行く人とこっちへ行く人がごちゃ混ぜになっているせいで、近くを歩いていた何人かが振り返るだけだった。もうとっくに獄寺を見失っていた。威勢のいい声が響く屋台の前を通るたびにわたしの心は萎んでいく。人の波に揉まれたせいで浴衣は着崩れていたし、頭のてっぺんで綺麗にまとまっていたお団子もぐちゃぐちゃになっていた。誰かとぶつかった拍子にりんご飴がくっついたのがとどめだった。自分があんまり惨めで視界にぼんやり霞がかかる。歩き疲れて親指の付け根が痛みに悲鳴をあげていた。今更この人混みを抜けることも出来ずに半泣きで押し流されるまま歩いていると、前の人の間に割り込んだ手が強引にわたしを引っ張る。かくんと前に折れて地面に膝を着く手前で軽く受け止められてすぐに誰か分かった。

「ちんたら歩いてんじゃねぇよ」

 不機嫌なひとみがじっとり睨む。わたしも負けないで睨み返した。

「帰る」
「……はぁ?」

 全く訳が分からないという顔の男に呆れて言葉もでない。分かりやすくたじろいでいるのがムカついた。こんな奴のために泣いているのがバカバカしくて本当に哀れに思えた。浴衣の袖で顔を拭ってくるりを背を向けると、今度は獄寺がわたしを追いかける。もういい。もう知らない。勝手にひとりでどこでも回ればいい、お祭り行こうって誘ってきたのそっちなのに、かわいいって言って欲しくて頑張ったのに……今日、楽しみにしてたのに。

「おい、待てって」

 涙は止まる気配がない。しゃくりあげながら歩いているせいで、恋人繋ぎしていたカップルも、近所の子供もみんな驚いて振り返った。後ろを追いかけてくる獄寺のせいで余計悪目立ちしている気がする。「悪いんだー! 女の子泣かせてやんの」「なになに、喧嘩?」そんな声のすぐそばを次々通り抜ける。ずっと追いつこうと手を伸ばす獄寺から逃げ続けていると、中心部から外れたのか段々人気が少なくなってきたのがわかった。祭囃子が随分遠い。後はもう着崩れなんて気にしなくていいから、猛ダッシュで階段を降りてしまおう。浴衣、可哀想だな。可愛くないけど、しわくちゃで汚れてしまって、可哀想。そういえば浴衣だって褒められていない。大ぶりの牡丹をそっと撫でる。また涙が込み上げてきてめそめそしていると、今度は後ろ向きに倒れ込んだ。もう流石に腹を立てて帰ったと思ったのに。無理やり振りほどこうとしたのに頑なにそれを許さない。痺れを切らして自ら振り返った。

「……悪かった」

 そんな謝罪で済むなら警察なんていらないし。一瞬で腕の中に閉じ込められて目の前は真っ暗になった。今こいつがどんな顔をしているのか知らないけれど、何も分かってない。自分が何をしたかなんて分かっていないまま、泣かれて困ったのでとりあえず謝っているのだ。どうせわたしが歩くのが遅すぎるのが悪いとか思ってるに違いない。

「一緒に行こうってゆったくせに……」

 くぐもった声が腕の中で響く。どうして男の子ってわからずやなんだろう。バカでアホでどうしようもない。機嫌の取り方も女心も知らないなんて。

「あー、お前の好きな綿菓子買ってやるから」
「食べ物で機嫌取ろうとしないで」
「泣くなよ。じゃあ、どうすりゃいい」

 押し上げた胸板の上を見上げる。眉が寄った、真剣な表情をしていた。

「かわいいって言って」

 そしたら許してあげる。

「な……!?」

 明らかに狼狽えて、抱きしめていた腕がぎこちなく離される。言ってくれないならもっと大声で泣いて困らせてやる。でもやっぱり可愛いくらいじゃ許してあげない。

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