誰かが部屋のすぐ側にいる、物音一つしなくたってこの感じはフランだと大方の見当がついた。ゆっくり動いて中へ侵入してくるので何事かと思ったが大した用でもなさそうなのでそのまま放置、未だぼんやり浮かんだままの意識を持て余していた。任務が片付いたら久しぶりに部屋の掃除をしようかと思案して二度寝するべく体を横に向ける。寝れる時にたっぷり寝ておかないと辛い思いをするのは自分だ。安眠妨害に来た侵入者に気を取られながらも再び瞼を閉じたが、残念ながら侵入者はもうすぐ後ろまで迫っているらしかった。構って欲しいなら他に暇をしている隊員か幹部のところへ行けばいいのに、どうしてまた自分のところへ来たのか分からない。

「どーせ起きてんでしょ」

 よっこいしょ、なんて年寄りくさい掛け声と共に左側のベッドがゆったり沈む。自分と反対側に腰掛けた侵入者がベッドを揺らしながらスプリングを鳴らした。このベッド高かったんだからやめてよね。引きずり下ろして注意したかったがここで起きては相手の思うつぼ、そのまま狸寝入りを続けることにした。ねえねえ、とかおーい、とか呼びかけてくるかと思えば時折毛布の山をつついてくる。中々諦めないフランに少し煩わしさを感じて顔をしかめていると勢いよく毛布を引き剥がされる。抗議の声をあげながら反射的に体を起こして毛布の端を掴んでいた。

「あ、やっと口聞いた」
「……しつこい」
「アンタのいたとこでは朝の挨拶に『しつこい』って言うんですねー」

 一で返せば十で返ってくると分かっているのでだんまりを決め込む。相変わらず何を考えているか分からない表情でこちらを見つめるペパーミントは細められていた。揚げ足取りが好きなこの可愛くない後輩はいくら自分が睨み付けても物怖じしない。あまり自分が舐められているとは考えたくないが、フランは基本的に誰にでも態度が大きいのでひとまずは安堵した。まあ、一応先輩である人間をアンタと呼ぶ時点で大抵舐め腐っているのだが。もうそこにはあえて触れないでスルーしよう。

「任務前なんだから寝かせてよ……構って欲しいならベルがいるでしょ」
「どこ探してもいないからこっちに来たんじゃないですかー」

 後輩に追いかけ回された王子は嫌気がさしてどこかに逃げてしまったらしい。面倒事がこっちに回ってくると分かっていてやっているのだからタチが悪い。ベルを恨む気持ちと憐れむ気持ちの半々を抱えてベッドに座り直すと、今度はベルに変わって鬼ごっこでも始まるのかと警戒して距離をとった。ちら、と大きなカエルの被り物を見遣った途端、一瞬で肉薄する鋭さに動揺してあっさり倒れ込む。今、本気で命を狙われていたら確実に死んでいた、と思った。わたしは時々、この人が分からない。

「捕まえた」

 深く翳った瞳がいっそう細められた。三日月を描いた目元は愉悦に滲んでいる。遅れて宙を舞ったシーツが自分の体が沈むのに合わせて軽い音を立てて落ちた。冷たい、血管の浮き出た白い腕がするりと伸びて絡めとる。フランの思考も行動も何一つ理解できなくて驚いたまま、ただ目を見開いていた。予想以上にしっかりと男の子の手をしている彼が楽しそうに首を傾げるので、それになぞるように髪も踊った。

「アンタの手、ちいさい」

 折れそう、と続けたフランに本当に折られたらどうしようかと些か不安を抱く。自室のベッドで後輩に押し倒され、手を握られている混沌とした状況に置かれているせいか、脳は案外冷静に綺麗な顔立ちをしているなどと呑気なことを考えていた。我に返って、閉じ込めるみたいに腕を掴むカエルに向かって舌を出す。生意気だし何考えてるか分からないし、いつもは絶対寄ってこないくせに、何なの。急にくっついて来たりしてフランのこと何も分からない。驚いて早鐘を打つ心臓の音が聞こえませんように、と祈って顔を背けた。(2020.08.27)

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