今日はひどい雨だった。そういえば初めて二郎くんと話した時もこんな雨の日だったなと余計なことを考えた。雨粒に濡れたまつげが長くて、綺麗だなと思った。きらきらひかるその瞳に映ったのが嬉しかったのだ。ぎりぎり走れば間に合うと思ったのに予想よりはやくに雨足が強まってしまって、駅に着く頃には毛先から水滴が滴っていた。あーあ、やんなっちゃう。ため息をついて泣きたくなりながらぐっと堪える。泣かない。泣くもんか。まぶたの裏で涙がにじむのを感じて慌てて深呼吸をした。ひとつ、ふたつ、吸って吐いて。大丈夫、しっかりと足に地をつけてさあ歩け。自分を鼓舞しながらわたしはホームで電車を待っていた。電光掲示板を見上げながら今日の出来事を思い出す。救いってなんだろう。

「別れたい」

 かなしくて、さみしくて泣き出しそうになりながら二郎くんにそう言ったのはわたしだった。思ってもいないことを口にするのは辛くて、当たり前に告げられている方が苦しいに決まっているのにわたしは息が止まりそうになった。

「なんで」

 狼狽えた二郎くんは一度大きな手で自分の頭をがしがしかいて分かんねえと呟いた。

「わっかんねぇ、分かんねえよ。オレ、バカだからさ、なまえちゃんの気持ちが分かんねえ」
「ごめんなさい」

 務めて事務的な口調で謝った。実際は今にも泣き出しそうな声色をしていたと思う。妙に震えた呼吸をしていた。それが二郎くんに伝わったかは分からなかったけど、本当は気づいてほしいと思った。わたしはすごくわがままだった。両親には隠していたけれど、休日たまに出かけたり夜に通話していたりしたのを彼氏だと見抜かれて、見かけたのか調べたのか――わたしは多分後者だと思う――不良なんかと交際するのは認めないと言われてしまった。彼がどんな人かも知らないのにそんなことを言うなんて信じられなかった。けれど反抗の仕方も知らないわたしは「あ」とか「う」とか歯切れ悪く悔しそうに口を動かすだけで、両親には何も言い返せなかった。二郎くんなら、二郎くんだったら、もっと上手く話せるし認めさせられるのに。わたしにはできないと思うとかなしくなった。

「さよなら」
「ちょ、なまえちゃん!」

 親にも説明出来なければ二郎くんにも本当のことをひとつも言えやしない。どこまでもダメだ。訳の分からないことを言い出して一方的に別れを告げる恋人を前に二郎くんは完全に狼狽えていた。振り向きもせずに腕を振り払って逃げるように放課後の教室を飛び出した。救いってなんだろう。君に出会わなければよかったのか。向き合わなければよかったのか。伝えなければよかったのか。電車が来る。ブレーキの余韻を残したままゆっくり息を吐き出している。頬が濡れているのは毛先から滴る雫か涙か分からなかった。

『ちゃんと話したい』
『まだ気持ちとか、何も聞いてないし』
『一回落ち着いて話し合わね?』

 二郎くんだった。ポコンポコンと間抜けた音を鳴らす携帯の画面に水滴が落ちて、濡らしていった。何度も画面を袖で拭いながらそのままじっと耐え忍ぶように携帯を握り締めていた。今、すこしでも身動きしたら張り裂けそうなこころがバラバラに砕け散ってしまいそうな気がした。

『こんなんで全然納得できねえよ。なまえちゃん、すげー泣きそうな顔してた』

 ポコン、さらに新しいメッセージが表示されたと同時に心臓を鷲掴みされたようにぎゅっとなって、さめざめと泣いた。電車の中で声を押し殺してずっと俯いていた。会いたい。二郎くんの声が聞きたい、会って話がしたい。そう思った。

『会いたい』

 今電車降りるね、そう送ろうとして気づけば全く別のことを送っていた。すぐに取り消そうとするも既読がつく。慌てて電車降りるねと送った。

「はは、なまえちゃんひでえ顔」
「じろうくん、」
「オレのダメなとこはできる限り直すし、なまえちゃんのことは絶対守るから、そんな簡単に別れたいなんて言うなよ」
「うわあん」

 子供みたいに声を上げて泣くわたしの背中をやさしく擦る手のひらは大きい。ぼろぼろ涙をこぼしながら二郎くんの腰に腕を回した。よしよし、と囁く声はわたしと同じくらい震えていて、泣き出しそうだった。救いとは何か君の笑顔だ、救いとは何か君の言葉だ、救いとは君の全てだ。(2018.12.09)

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