みょうじさんはすごくムカつく。
 いつもヘラヘラバカみたいな顔をして笑うし、どんくさいし、実際頭が悪い。とにかく見ているとイライラする人種だ。この前なんてテスト勉強しようと思ってノートを探していたら友だちに貸してあげたことを思い出して結局勉強ができなかったとけらけら笑って話しているのを聞いて、やっぱりバカなんだなと思った。みょうじさんはちょっと勢いをなくした二郎みたいだと思う。突っかかってきゃんきゃん吠えないバージョンの、間抜けな感じ。

「なまえーBチームの助っ人入ってー」
「ええー! なんで?」
「もう他のチームに女バスの子割り当てちゃって、ここだけ誰でもいいから入ってほしいの! おねがい!」
「仕方ないなあ……」
「よっしゃ、ありがと!」

 少し離れたところで女子が、今週ある球技大会のチーム分けをしている話が聞こえてきた。休み時間にぼーっと窓の外を見ていた僕は何となくそれに耳を傾ける。今日もみょうじさんはうるさい女子たちとつるんで楽しそうにしていた。うるさいな、と思いながら彼女が助っ人に入ることを承諾したことに驚いた。だって彼女はひどく運動音痴なのだ。クラス中が知っている。体育祭のリレーの練習は嫌そうにしていたしめちゃくちゃ遅かった、長距離も短距離もダメで球技もできない。そのことをクラスの男子にいじられても別に気にしていないふうに一緒になって笑っているから意味がわからなくて嫌いだった、なんでバカにされてるのにヘラヘラ笑ってるんだよ。頭おかしいんじゃないのか。喋ったりする間柄でもないから思うだけだけどプライドもへったくれもないその態度は常に僕を苛立たせた。

「おいおいみょうじここに入れていーのかよ!」
「女子少ないんだから仕方ないじゃん! なまえもいいって言ったもん」
「笑うな! ちょー失礼なんだけど!」

 怒ってないみたいな顔でみょうじさんはそう言っていた。しかし当日のプレーを見て自分も男子と全く同じことを思うことになる。

 人数の関係で均等に振り分けられなかった女子のチームは確かにBチームが弱かった。女子バスケ部の生徒は残りのチームにフルで入っているらしく、これは絶対に勝てないと思った。誰か一人でも動ける人がいれば変わったのかもしれないがてんでダメ。変なドリブルをしているみょうじさんは白線の内側でひいひい言っていた。遠くのコートでたまに盗み見ていたけど、途中で目も当てられなくてやめた。自分のゲームに集中したいのにみょうじさんの焦ったような声がひっきりなしに聞こえてくるせいで思うようにプレーできない。ゲームが終わったらもっと静かにしろと文句を言いに行こうかと思った。

 けたたましいブザーが鳴って男子の試合が先に終わる。息を整えながら水を飲む、次はもうずっと先まで自分のチームの出番はない。休憩がてら女子のキャーキャー叫ぶだけのお遊びみたいなバスケを見ながら嘲笑っていると、突然一際甲高い声が上がって思わず視線を向ける。みょうじさんのいるコートからだった。

「なまえ!」
「ちょっと大丈夫!?」
「うがっ……いひゃ、い……」

 ピッとホイッスルが短く吠える。ボールが顔面に直撃したらしいみょうじさんは悶えながら体育館のコートの床に寝っ転がっていた。目を回してふがふが言っている様がどんくさくて愚かだなと思った。そして同時にちょっと焦っている自分がいることに気づく。顔面直撃は流石に同情するものがある……あれ、僕確か保健委員じゃなかったっけ。嫌だな、めんどうだしみょうじさん嫌いだし。自分が名前だけ貸してと言われた保健委員だったことを思い出したのはすぐだった。仕事がなくて楽だから選んだが、彼女が余計な仕事を増やしてくれた。保健委員いるかー、と自分を呼んでいる体育教師の元へ渋々向かう。

「悪いな、この後試合あるなら助っ人に入ってもらってくれ」
「もう後半はずっとないので大丈夫です」

 未だに顔を抑えているみょうじさんを受け取って短いやり取りを交わした後に保健室へ連れて行ってやった。保健医の先生は毎年球技大会は怪我人が多いけれど、骨折じゃなくて良かったとほっとしている。みょうじさんはずっと涙目だった。なんだかそれが可哀想に思えてきていたたまれなくなる。

「山田くん、ありがとう」
「別に。それよりその顔どうにかしたら」
「し、辛辣だね……」

 腫れてるんだからどうにもならないよと氷を当てながらみょうじさんは苦笑いした。その顔がなんだか妙に痛々しくて、可哀想に思えた。恐ろしいことに触れてみたいとさえ思ったのだ。

「ねえ、よかったらコツ教えてくれないかな。わたし運動音痴だけど頑張ってるつもりだからさ、もっと上手なボールの避け方とか……」

 えへへと恥ずかしそうに頭をかく。バカじゃないの。ボールの上手い避け方ってなんだよ。そんなのバスケと全然関係ないし。

「絶対いや。じゃあもう行くから」

 間抜けた顔のみょうじさんの顔にもう一つ氷を押し付けると保健室を出た。あれで一生懸命やってるつもりだったのか。やっぱり救いようのないバカだと再確認して体育館へ戻る。みょうじさんのことはちょっとだけ嫌いじゃなくなっていた。(2018.12.09)

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