彼氏と別れた。原因は浮気。わたしはされたほう。なんとなくそんな気はしていたけど、実際に本人の口から語られる事実を目の当たりにするとやっぱりショックだった。ちょうど彼が浮気をし始めたのはわたしたちが喧嘩をしていた頃で、元々考えが似ていないわたしたちはお互いイライラしていた。気付けばいつも喧嘩ばかりの毎日に彼も疲れたんだと思う。それが浮気をしていい理由にはならないけど。当たり前に許せないけど。だって好きだったから。喧嘩ばかり繰り返して泣き疲れて眠ったり、何度ももうダメだ、別れようって話したはずなのに、結局好きだから離れられなくて付き合っていた。少なくともずるずるとした怠惰な関係ではなかった。

「テメェ今何時かわかって」
「ぐすっ」
「……んだよ」
「ごべん」
「泣いてんのか」

 真っ先に連絡したのは彼とのことをいつも相談していた親友ではなかった。自分でもよく分からないまま電話をかけて、繋がった瞬間になぜか涙が止まらなくなって、ほとんど叫ぶようなわたしに面食らっていた爆豪もついにキレた。

「泣き止んで喋れや! 聞こえねーわ!」

 いまは怒鳴られたって怖くない。ヤケになったわたしに怖いものなんてない。涙と一緒に閉じ込めていたはずの、彼に言えなかった拙い気持ちがぼろぼろ出てくる。わけのわからないことを叫んでいるとついに切ると言われてしまった。だったら無言で切ってしまえばいいのにそうしないところが爆豪のいいところだと思う。わたしが酔ってるときはなぜかそれを見抜いて容赦なく切るくせに。酔っぱらいは寝ろとか言って。センサーでもついてるのかな。

「旅に出たい」
「は?」
「……旅」
「だから何だっつってんだろうが!」
「怒んないでよお」

 でっかい声が画面の向こうから飛んでくる。わんわん泣きながら「ばくごー」と彼の名前を呼ぶ。わたしがあまりに惨めなのは別にどうでもいいけれど、伝えるにはなんとなく勇気がいることだった。わたしの声は情けなく震えていた。画面越しのその人は変化を感じ取ったように静かになる。

「わかれた、浮気だった」

 しばらくはずびずび鼻をすする音だけが響いていた。言葉にすると胸が塞がるような思いがした。いままでのデートで行った場所とか、かわいい、愛してるよって言ってくれた彼の嘘っぱちの言葉とか、やさしく頬をなでる彼の指先の温度を思い出す。思い出したけど、これはぜんぶ置いていかなきゃいけない思い出なんだとおもって、また涙が出た。

「そうかよ」
「うん」
「相談すればよかっただろ」
「してたよ」

 それがどういう意味だったのかは分からなかったけれど、わたしは周りにという意味で受け取った。いまは都合よく解釈するほどおめでたい頭もメンタルも持ち合わせていない。余裕がない。その日の夜はどうやって会話が終わったのかも覚えていなくて、ただただ泣き疲れた子供みたいに眠った。

 浮気されたのはわたしが一途すぎて、振り回されるのに慣れてしまったからだと思い、気付いたときには色んな人と遊びに行くようになっていた。誰のことも好きにならないように、慎重に、でも連絡が来れば丁寧に薄い化粧を施してすぐに飛んでいく。他のどのひとも、彼の熱を忘れさせてくれることはなかった。毎晩毎晩遊び歩いていると、あれ以来ぱったり連絡をよこさなくなったわたしを見透かしたように爆豪から連絡がきた。無視しようと思ったけど、こっちの都合も考えずに勝手に向こうが来てしまった。

「予定あるって言ったのに」
「どーせ男だろ」
「やな言い方……」

 そうだけど、そんな皮肉って言わなくてもいいじゃんか。先に向こうがやって来たのでどうしようもなくなって、わたしは泣く泣くドタキャンするはめになった。相手が変わっただけで出かけるのにかわりないといえばまあそうだし。久しぶりに会った爆豪はいつも通りなのに射抜くような視線がいまはすごく苦手になっていた。変わったのはわたしの方だ。

「まっすぐ帰れ」

 てっきり居酒屋にでも行くかと思っていたら爆豪はそれだけ言うとスタスタ前を歩き出した。「テメェの家どこだ」と言いながら。送ってくれるんだ。居酒屋にも、ホテルにも行かないで男の人と歩くのは久しぶりな気がした。なんで叱ってくれるんだろう、こんな自暴自棄になって遊び歩くような女、放っておけばいいのに。変なところでお節介だ。忙しい合間を縫って会いに来てくれたことが嬉しくて視界が揺れる。大きい彼の背中に声をかける、どうしてここまでしてくれるの。

「好きだから」

 爆豪ってそんな落ち着いた声も出せたんだ。そんな真剣な顔出来たんだ。わたしの記憶の中には暴れ回る爆豪しかいなかったからびっくりした。喉元まででかかった言葉を飲み込む。いまは黙っていた方がいいに決まってる。

「知らなかった」

 クソが、そう言ってまた爆豪はいつもの口調に戻った。じんわり視界が滲んで、大きくてごつごつした手が撫でるように目じりをかすめる。いまさっきのまぼろしみたいな言葉を思い出した。ささくれた指先はひどくやさしい。泣くな、と爆豪がつぶやく。ぼろぼろに剥がれたフィルムがいつかの色彩を持って息を吹き返す。あやすように、彼の指先がわたしの目じりを行き来した。泣いてない、まぶたに乗ったきらきらのグリッターがそう見せてるだけだもん。爆豪は薄く笑ってわたしのおでこを弾いた。それがまるで痛くなくて、気遣わしげだったからとうとうわたしは声を上げて泣いてしまった。(2020.12.24)

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