13



「ひとを待ってるの」
「ともだち?」
「うん。幼稚園から一緒の子」

 どうして待ってるのかは分からなかったからそっか、と相槌を打つ。みーくんは(名前を忘れてしまったので適当に最初の一文字を取って呼ぶことにした)俯いたままブランコをギイギイ揺らしていた。なまえはずっと自分は何をしているのかを考えながら同じように小さいゾウに乗っかってぐらぐら揺れてみる。行方をくらませていたクロスは帰ってきた、アレンだってきっともう家に着いているに違いない。勝手にいなくなるのはそう珍しいことでもないがこの時間帯に消えてしまうのはおかしいと気づくだろう。今自分がとるべき行動はアレンを呼ぶことだ。それかクロスさんを叩き起しておくべきだった。でもそれをしなかった。わたしは、この子と一緒に待っててあげないといけない気がする、アレンにもクロスさんにも秘密にして、こっそり待っててあげないと。引かれ合うのかも。わたしがアレンと巡り合わせたみたいに、今度はクロスさんも戻ってきて、その次にこの子に出会った。ぐるぐるサイクルが回っているような気がした。誰かを一人で待っているのはさみしくてかなしいし、それに待つなら話し相手がいた方がいいよね。誰かを待つって、待っていてくれる人がいるのって、なんだか落ち着かない気分になる。そわそわしてちょっと乱暴にゾウのばねを揺らす。

「いいね」
「うん」
「その子が来るまで、一緒に待ってる」
「いいの?」
「うん」

 きっと、この子も同じようにまだいけない理由があるんだ。そう思った。キックボードを蹴って進む男の子たちが不思議そうな顔でこっちを見る。風もないのに動いているのがおかしいみたいだ。ごうごうと地面を滑る男の子たちはみんな、チカチカするような蛍光色の服を着ていた。左側にいた男の子がドッカンドッカンなんとかえいえいやーと戦隊ヒーローものの主題歌みたいな歌を熱唱していなくなった。公園を横切っていく時、真ん中にいた子がノリノリで合いの手を入れていた。「おい、ちゃんと歌えよ。じゃないと大きくなってから入れないんだぞ!」「なんだよ、偉そうに」三人はついに完全に通り過ぎて、ごうごうという音もいなくなる。

 外はもうすっかりオレンジ色に光っていて、一日が終わってしまうみたいでかなしかった。

「お姉ちゃんも待ってるんじゃないの?」
「まさか」

 誰も迎えに来ないよ。わたしのくせに、今、一瞬だけアレンの姿を頭の中に浮かべてしまった。わたしのくせに生意気。別に誰も気づかないだろうしそんなことはないと分かっているのに、強がってそっぽを向いた。みーくんは笑っていた。わたしは何も言えないまま、時限爆弾みたいなこの心臓を抱えて黙って左側を押さえつける。ダメ、ダメだよ、うるさくしないで。もう何も思っちゃダメだよ。誰かなんてただの建前で、他でもないアレンに、たった一人に見つけて、迎えに来て欲しいと思っている。認めたくなくて頭を振ってみたけどすっからかんな脳ミソはからからと音を立てるだけだし、相変わらずわたしはどうしようもなくアレンが好きみたいだ。クロスが来る前の二人と一匹だった頃の晩の彼は、どんな顔をしていたっけ。やるせなく泣きそうな顔をしていたような気がしてなまえは急に謝りたくなった。そんな顔をさせるつもりはなかったんだよ、ごめんね、やさしい君を困らせてしまってごめんなさい。

「来てくれるといいね、お互い」
「うん」
「泣いてるの?」
「ううん」

 わたしも待ってて欲しい。彼の全部を一度に見た、春の日のことを思い出していた。いいな、羨ましい。こんなことは思っちゃダメだから絶対見せないように、綺麗に取り繕って薄っぺらい笑顔を貼り付けていたのに。台無しになっちゃった。化けの皮が剥がれたらわたしはどこまでも醜いばけものみたいな女の子だ。彼が憧れる、アイドルみたいな女の子には程遠い。嫌だ。嫌だった。あの子に頬を染めるアレンを見るのも、そんなことに一々やきもきする自分も。今隣にいれることが奇跡みたいなものなのに慣れてしまったらもっともっと、とその先を望んでしまうらしい。最低だ、死んでしまいたい。そこでやっともうとっくに死んでいることを思い出した。じゃあ、消えてしまいたい。これが正しい気がした。

「似た者同士だと思わない? ぼくは待ってて、お姉ちゃんも待ってて、それで、探してて」

 公園の砂場に置き去りにされていたシャベルとジョウロの持ち主だった姉妹が戻ってきた。姉の方はすっと背が高くて妹とそっくりの目をしている。誰がどう見たって姉妹だと分かる。まだ幼い雰囲気の残る妹は急いでシャベルとジョウロを手繰り寄せると、砂場に忘れ物がないか何度も振り返った。

「やっぱり遊びたい! いいよね?」

 やがてここに残って遊びたくなったのか姉の手を引いてぶんぶん回し、大声で駄々をこね始める。姉の周りを囲んで走り出したかと思えば「いいよね?いいよね?」と呪文のように繰り返してそれは段々と質問より歌のフレーズのようになっていった。姉は面倒くさそうにため息をついたまま、走り回る妹の手を握ると言うよりは引っ張られて、好きなようにさせたままこっちを見た。穴があきそうにじっと見ているので緊張した。

「だめだって。お母さんに怒られるもん、七時になったらオバケ出るってゆってた」
「おばけってどこにいるの! わたし怖くないし!」

 大声で叫んだ妹に姉はますます面倒くさそうにした。無造作に振り回されていた手に力を入れたので、妹は一瞬だけ宙に浮いた。

「あんたの後ろ」

 その奥の方で姉妹と同い年くらいの女の子が赤く塗られた柵の入口のところに突っ立っていた。この子だ。すぐに分かった。迷いもなく、ゆっくりとした歩調でそのちいさな足を前に進めてやって来るのが見える。なまえは前に見た映画を思い出していた。幼い頃に結婚を誓い合った男の子と女の子が一度引っ越して離れ離れになってしまって、けれど最後にはまた会えた。途中同級生の女の子に意地悪をされたりして喧嘩別れになっていた。すれ違いは解決して、ハッピーエンドを迎えた。恋は実る。身体が透けだしても泣かない彼は強いと思った、わたしはあんなに取り乱して情けなく泣いてしまったというのに。女の子もやさしい色で笑っている。こんなふうにきれいに終われたらいいな。いつの間にか息を切らしたアレンが隣に立って、目の前で起こっている光景に驚いていた。

「ありがとう」

 誰に、何に対して。
 ありがとうの意味が分からなくて、けれどその感謝の言葉は確かに女の子を透かしてなまえに告げられていて困惑してしまう。目の前の女の子とほぼ同時に頷いた。違ったのは、頭が揺れた拍子に女の子の目からは雫が落ちて自分はただ立ち尽くしていたということだった。アレンはやっぱり泣きそうな顔で、何故だか分かっていたようにやっぱりなと思った。

「みーくんは、あの子の中で永遠に生き続けるのかな」
「そうかもしれませんね」
「お腹すいちゃった」
「……今日はカレーです」

 あ、当たり。帰り道に恐る恐る伸ばされた指先が火傷でもしちゃうんじゃないかと思うほどに熱くて、心ごと押し潰してしまいそうにどきどきしてすこし泣いた。薄っぺらな手と手を繋ぐわたしたちは惨めだ。アレンがふるえる手で確かめるように触れてきたのが嬉しかった。



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