知らない間にすっかり男の子になっていた。すれ違っていくうちにこんなに別人みたいになるものなんだなと面食らう。悪い意味ではないけれど、少々寂しい気もした。中学校で同じクラスになったのは二年生の時一回きりだったし、微妙に他人行儀な関係だったので気付かなかったり目をつむっていたことが多かった気がする。全く関わりがなかったものの、噂が勝手に広まって嫌でも八重に伝わった。ツナがあの持田に勝ったという話も、並盛のマドンナである笹川京子に告白したという話も衝撃的だった。おばさん曰く凄腕の家庭教師が来たとかで、まあ上手くやっているんだろうなと遠巻きに見ていた。誰よりも弱くて泣き虫で、誰よりも優しい「ツナくん」は気付いたら頼もしくてかっこいい男の子になっていた。

「つなくん、なかない! がーまーん!」
「さかあがりできないのはださいって」
「もー! なかない! わたしがしめてあげる」
「だめ! あぶないよ!」
「だいじょーぶ! 八重ぱんちはつよいもん」

 ぶんぶん小さい腕を振り回す。世話焼きだった八重はいつも少しお姉さん気分でツナを助けていた。近所のいじめっ子たちにツナの借りを返して泣かせては祖父に怒られ、おばさんに困った顔をされた。今思えば女のくせに可愛げのない、どうしようもない娘である。それもこれも自分の身は自分で守るという家の教えに起源する。幼い頃に両親が事故で他界し、物心つく頃には祖父と二人で暮らすのが当たり前になっていた八重は元軍人の祖父に男手ひとつで厳しく躾られて育った。小さい子供の可愛い悪戯だというのに、庭師が丹精込めて描いた祖父お気に入りの枯山水を砂遊びで蹴散らした時には容赦なく裏拳打ちが飛んできたし、華道や書道なんかのおしとやかなものは性にあわなくて稽古を抜け出した時は鬼の形相で家中を追いかけ回された。

「くらのなかはひろいねー」
「おばけでそう」
「こわい?」
「ちょっとだけ……」
「じゃあ、てぇつないであげる」
「八重ちゃんのてぇあったかいからすき」
「ほら、こわくないよ」
「うん!」
「八重もおじいちゃんはこわいけど……つなくんといっしょならこわくないよ!」

 小さな手をからめて、ぎゅうぎゅう繋いで離さない。祖父の家は二人で暮らすには広すぎて、小さい子供の隠れ場所が沢山あったので当時の八重にとってあの家はそれだけが良い点であったように思う。ツナと一緒に探検と称してよく蔵の中で遊んでいた。日本庭園のような中庭は絶好の砂場だったし、茶室に造られたにじり口は秘密の入口のようでお気に入りだった。自分の身は自分で守れと言うくせに武道は教えてくれず、申し訳程度に護身術だけ直々に教えられ、ほとんど外では遊ばせてもらえなかった。幼い八重にとって静かで広い家の中に幽閉されるような日々は退屈だったが、今になって考えれば祖父の気持ちは大いにわかる。愛する妻にも息子夫婦にも先立たれて残った孫を危険な目には合わせたくなかったのだと思う。過保護とはいえ大切にされていることは重々承知していた。

「沢田くん、怪我ばっかり」
「え? あはは……」

 それでもやっぱり、傷だらけで満身創痍のツナを見かけた時は今でも守れるんじゃないかなんて考えたりもした。今思えば全くどこからそんな自信が湧いてきたのか自分でも不思議だった。泣き虫で怖がりのツナくん、いつも八重の後ろに隠れるようにしていた。ふと気付く頃にはたくさんの人に囲まれて、傷だらけになっても笑っているような男の子になっていた。

「保健室行った方がいいと思うよ」
「それが、うちの保健医男は見ないんだよ」
「ええ……」
「ほんと、ちょーヤバい人だから!」
「じゃあこれあげる。絆創膏じゃ役に立たないと思うけど」
「ありがとう……!」

 びっくりした顔で絆創膏を受け取ったツナは照れくさそうに頭をかいた。たまたま学校で会った時、あんまり酷い怪我をしているものだから思わず声をかけて呼び止めた。怪我をしているところを見るとついお節介になってしまう。急に話しかけてきて不審に思われてもおかしくないのに、割と普通に取り合ってもらえたことに感動する。この前おばさんにあった時は反抗期だと言っていたので無視されてもおかしくないと思っていた。避けていた訳では無いけれど何となく気まずかったから、まともに喋ったのは二年生になってクラスが同じになってから。それまでは廊下ですれ違うことすらなかった。ただツナの目を見て、いじめられているような感じではなかったことに安堵していた。当たり前だけど、これならもうひとりで大丈夫なんだなと思ってちょっとだけ涙が出た。ヒナが巣立つ時ってこんな気分なんだろうか。気付いたらもうずっと前から遠い人だったのだ。

「もう三日も家に缶詰だよ」

 ツナなら分かるはずだった。天真爛漫で負けん気が強くて、じっとしていられないおてんばな八重と一緒にいたツナなら、昔から彼女がどういう性格か理解しているはずだ。それも、ツナにとっても馴染みのある、懐かしいこの家にいるのだから尚更だった。八重はふと、この家から連れ出してくれた人のことを思い出していた。シャーペンを握っていたはずの手は暇を持て余してラクガキを始めた。ブサイクなチェシャ猫の絵を描いたところで手を止める、何だか誰かにそっくりだった。

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