「ありがとう高橋さん、ほんと助かるよ〜」

 相変わらず間抜けた顔でへらへら笑うのは沢田くん。会うのは久しぶりだった。脱力してテーブルに突っ伏している。しかしお茶とスイーツをご馳走してくれるくらいには紳士になっていた。何だか顔がちょっときりっとしたような気がしなくもない。用件に渋っていたものの、現金なわたしはお気に入りのお店、「ラ・ナミモリーヌ」のスイーツにつられて二つ返事で了承した。失礼だが、彼は女子にお茶でもどうかなんて声を掛ける術も度胸も持ち合わせていないように見える。八重は恐らく彼の家庭教師、リボーンの差し金だと推測した。まだ子供なのに、周りを圧するような独特な雰囲気には気圧されてしまう。物理的にも精神的にも強い彼は本当に何者なのだろう。何度か話したことはあるが、完全にツナは尻に敷かれていて何だかいたたまれなくなった。未だにパンツ一丁で並盛を駆け回ったりしてハードに鍛えられているのだろうか。

「わたしじゃなくても適任いるのに」

 変なの、わざわざ頼るの。ツナとよく補習を受けていた山本はともかく、獄寺はかなり頭が良い。春休みの課題を手伝って欲しい、なんて言われた時はどうして自分がと疑問符が浮かんだ。一緒の高校なのだから彼に聞いた方が絶対に良いのに、どうしてわざわざ。四つ目のモンブランを平らげて次々と胃袋にスイーツが消えていく様子をツナは青ざめながら見守る。こちらから頼んでいるので仕方がないものの、財布は確実に悲鳴をあげていた。一体この少女の体のどこに大量のケーキが収まっていくのだろうかと余計なことを思案する。京子やハルといい、女子という生き物は甘いものに目がないらしい。

「そうなんだけど、三人揃うといつも真面目に出来なくて……」
「だから家庭教師付けてるんじゃないの?」
「そ、それはそうなんだけど」

 あいつは家庭教師というかなんというか、と何とも歯切れの悪い回答が返ってきた。八重はへー、とかふーんとか適当な相槌を打つ。一応疑問は解消され、着々と脳内は目の前のケーキを食べることにシフトチェンジしていった。あと三つくらいは余裕だな。

「できる範囲で手伝うけど、ちゃんと自力で解いてね。自分の課題もあるし、家も……」
「元気にしてる? おじいさん」

 びっくりして思わずケーキを運んでいた手を止める。沢田くんもはっとしたような顔をした。これは何か言わなきゃと焦ったわたしも相変わらずだよと答える。別に何も気まずいようなことではないのに、あんまり長い時間が経ちすぎて変に気まずくなってしまったようだ。小さい頃は親同士の付き合いもあって八重とツナはよく一緒に遊んでいた。祖父とツナの父は旧知の仲らしく、八重は小学校に上がる前までは仲良くしていたと記憶している。それ以降も交流はあったが、学年が上がるにつれて八重は室内で女の子と遊びたがるようになったし、ツナも同じように男の子と外で遊ぶようになっていった。だからといって全く遊ばなくなった訳ではなく、八重が家を飛び出したり、習い事の帰りに沢田家にお邪魔することもしばしばあった。しかし、中学校に上がる頃にはお互いに色んな場所で様々な人間関係を築いていくようになっていたのですっかり顔を合わせることは無くなっていた。たまに買い物帰りのおばさんと鉢合わせて世間話をすることはあったが、当の本人は家でゲームばかりで成績も良くないらしく、困っているというので八重はしばらく会っていないツナを心配していた。

「てっきり忘れてると思ってた」
「そんなわけないだろ。ちゃんと覚えてるよ」
「逆上がりの練習付き合ってあげたな〜」
「言わなくていいよそんなこと!」

 二年生になって同じクラスになる頃には昔のことも忘れてお互いクラスメイトとして接していたので、今になってこんな話になるとは想定していなかった。いつからか苗字で呼び合うことにも慣れた。寧ろ「ツナくん」と「八重ちゃん」なんて呼びあっていたことが違和感だった。ふと昔を思い出すことがあっても同じクラスになったからといってまた親しくなるようなことも無く、(気付いたらツナの周りは賑やかでいっぱいだった)月日は流れ卒業。どうしてか、三年間年賀状交換だけは続いた。

 お互い思い出したように懐かしい話をするようになってから、段々八重のケーキを食べるペースは落ち着いて今は紅茶を飲んでいた。中学校の時からずっと、意識して気がかりだった雰囲気が急に溶けてツナと話す時居心地が良くなった。すっかり肩の力が抜けて、予想以上にお店に留まってしまった。

「あ、あのさ! あんまり出歩かないで!」
「うん?」
「この時期って不審者とか出るし!」

 帰り間際に引き止められて首を傾げる。念押しされて、ついでのように課題もよろしくと頼むとツナは帰っていく。近くまで送ると言われた時は流石に驚いて丁重にお断りした。

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