はじめて聞いた、いいと思うよ。と背中を押されて嬉しくなる。確かに今まであんまり人に言ったことはなかったかもしれない。あまりに漠然としすぎているし、かといって何も夢や目標がないわけではない。今の八重にはまだ、「何のために勉強するのか」というところまでは考えることができなかった。明確な目標は無く、得意教科であり勉強するのが楽しいから、もっと専攻して学びたいなと思う程度である。一応進路について調べてはいるけれど、学部といっても分野が広すぎて八重には違いが分からないものもたくさんある。新学期から二年生になって、また一歩受験に近付くと思うと気が引けた。

「やっぱ推薦狙おうかなー」
「みんな同じだよ、評定さえあれば楽だし」
「狭き門だね」
「なんでもう受験のことなんて考えてるんだろ……」
「いや、大事でしょ」

 春休み短いのに課題多いし、と文句たらたらな友達が愚痴をこぼす。それには八重も同感だった。あまりに課題が多すぎる。たった一週間程度の休みのうちにこの量をこなすと思うと気持ちは沈むばかりである。午前中だけで学校は終わりなので、この後どこかに行くという話にもなったが結局今日は解散ということで収まった。あっという間に一年生が終わったことに時の流れとは恐ろしいものだと痛感する。丁度、去年の今頃の話題で盛り上がりながら駅までの道を歩いていた。わたしはここ受かって安心して春休み過ごしてたなあと誰かが言ったので、八重の意識はまだ咲きそうにない桜の木に誘われて連れ去られてしまう。巻き上げるような春風がまだ冷たくて思わず体を竦めた。桜が好きだとうそぶいたその人の影を思い出して地面に心臓が落ちたような気分になる、瞼が熱くなってあまりの情けなさに項垂れた。夢の中の彼は相変わらずな態度でバカにして笑っているような気がした。

 わたしの隣を歩いていたのは、誰だっけ。不思議な人、よく笑う人、恐ろしい人。けれど何より愛しい人。今となってはもうその人はいない。過去の虚像となったのだ。

「なんでだろう」
「でもさあ、そんなもんなんじゃない?」
「うーん。わたしはなんで好き同士なのに離れなきゃダメなのかなって思うけど……」
「ぼさっとしてるけど八重は?」

 急に矛先が自分に向いて、八重は記憶の奥底から引っ張りあげられる。一度意識を失っていたかのように何も考えられないでいた。

「先輩別れたんだよ、三年も付き合ってたのに」
「噂だとまだお互い好きらしいよ」

 そっか、先輩別れちゃったんだ。学校中の憧れでお似合いのカップルだったと思う、新入生の八重たちに優しく接してくれた笑顔が似合う可愛い先輩。喋ったことはないけれど、部活のキャプテンでかっこよくて女子から大人気だった先輩。一年生の時から付き合っているらしくて、仲睦まじい理想のカップル。みんなそう思っていた。しかし別れは突然に訪れるようだ。お互い好きあっているというのはあくまで噂のようだし、他人の恋愛にあれこれ詮索するのも気が引ける。もう卒業していなくなってしまったというのにこの話は一年生にまで光の速さで伝わっているらしい。女の子はこういう話が好きだった。

「気持ちだけじゃどうにもならないこともあるんじゃないかな」
「経験者は語る」
「違うよ!」

 意外だというような顔をされて食い気味に否定する。そんなつもりで言ったわけじゃなかった。今年のおみくじの結果をとっくに忘れてしまったみたいに、余計なことはどんどん記憶から抜け落ちてしまえばいいのに。これじゃまるで呪われているみたいだ。「課題ちゃんとやりなよ」「カフェで勉強会もしようね」「ばいばーい」「気をつけて」他愛ない話をしながら駅に着いて手を振った。二人は徒歩で来れる距離だからわざわざ駅まで送ってくれる、八重はこの学校からは少し離れた並盛町から通っていた。中学校も勿論並盛中学校、彼女たちはあの名門女子中の緑中学校出身だった。高校受験で超難関のこの学校を何とか受かったが、彼女たちは名門中出身なだけあって八重が苦戦する問題を容易くといたり、教えてくれたりするのでとても助かる。理数系もそうやって何とか赤点を回避してきた。きっと今年も、春休み中もお世話になるのだろうなと考えながら携帯を取り出す。時刻は「13:02」を示している。家に帰ったら14時前だろうから、お昼は遅くなる。何か頼んだら作ってくれるだろうかと考えながら駅のホームで電車を待つ。今朝連絡をくれたのは意外な人物だった。連絡先、教えたっけな。そういえば交換してたかもしれないな、トークルームに表示された「沢田綱吉」に返信するべく文章に目を通す。

/

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -