この季節になると決まって同じ夢を見る。顔も髪も、その瞳の色彩さえもぜーんぶ同じ。笑った顔や仕草のひとつひとつまで、あの日のあなたにそっくりなのだ。

「まーだ残滓引き摺ってんだ、傑作だよ」
「また……」
「ダッセーの!」
「悪趣味だなあ。一緒の顔して出てくるんだもん」

 しししっ、なんて愉快そうに笑っている。あの独特の、同じ笑い声だった。八重は思わず顔を歪める。夢の中だからといってこんなことが起きてたまるか、いくらなんでもやっていいことと悪いことがあるだろう。そんなふうに憤慨しても、所詮は自分の見ている夢にすぎない。ベルによく似たこの人はわたしをからかうのが好きらしい。からかうなんて可愛いものじゃないけれど、とにかくこき下ろしてゲラゲラ笑うような悪趣味な人であることは間違いない。いちいちトゲのある物言いだけどこれは自分の頭の中で起きていることで、虚像なのだと言い聞かせて冷静に考える。困ったように頬をかいて彼を見た。

「もうあいつの中にお前はいないよ」
「知ったような言い方するんだね」
「残念ながらなんでも知ってるんだよ」
「なにそれ」
「俺があいつで、あいつが俺だから」

 違うでしょう。咄嗟にそう言おうとした時には夢から覚めていた。まだ頭の中であの笑い声が響いている。そうじゃない。そうじゃないはずなのに、彼を前にするとどうしても言葉が詰まって息ができない。理由は明確であった。

 ベルと同じ目をしているから。

 きらきら光る色彩も、匂いも温度も寸分違いなく一緒だから。その瞳に射抜くように見つめられては、言葉が出ない。全て見透かされている。八重はあの目が怖かった。いつまでも気持ちを燻らせていること、八重が彼に戦慄していること、こんなことで泣いてしまうくらい弱いこと。全部見越した上で、血が吹き出す傷口を的確につついて開かせる。彼に何度かさぶたを剥がされて痛い思いをさせられたことか。いたぶって傷付けることを何とも思わない暴君だけど、はじめて夢に出てきた時からベルだとは思わなかった。どうしてか、寝ても覚めてもあの人がベルだと思ったことは一度もない。似ているなんて通り越してそのまま生き写したような人なのに、中身が全くの別物だと本能的に感じた。自分自身でもおかしいと思うけれど、夢の中の人についてあれやこれやと思索する訳もなく、初対面から八重の中では「ベルではない何者か」として存外すとんと胸に落ちた。

「行ってきまーす」

 携帯のロック画面は現在「07:46」を無慈悲に示している。何件か通知も来ていたけれど、今はそれどころではなくて目を通さなかった。全く時間など気にしている素振りを見せず、ごく自然に見えるよう振舞って鼻歌までうたいながら家を出た。中庭の裏口から閂を外して狭い道を通ると一目散に並盛を駆け抜ける。

「ひー、遅刻!」

 誰にも会わなくて心底安堵していた。この時間に家を出るということは、電車で通学している八重からすれば間違いなく遅刻確定だった。我が家はとても厳しい。それを説明するのに小説が二本くらい書けるのだが、ここでは割愛させてもらうことにする。家の固定電話の番号を「地獄の一丁目」と登録し祖父の電話番号を「世界一怖い男」にするくらいには厳しい。

「あんたが遅刻なんて珍しいね」
「しかも終業式に」
「それさっき指導部でも言われた……」
「おじいちゃん怒るでしょ」
「八重の家厳しいもんね」
「明日が見えない」

 いずれにしてもいつかはバレる。多分また生活習慣がなってないとか夜は22時に寝ろとかがみがみ言われるに決まってる。もう二度とこんなことしませんと神に誓った。担任に名前を呼ばれて成績表を受け取った。休業中の過ごし方について書かれたプリントやどっさり山積みになった課題を抱えながら、そうっと成績表を取り出す。正直あまり自信が無い。努力はしたけれど、評定を見るのは怖かった。八重は理数系がボロボロで、毎回定期考査の度に友達に教えてもらってギリギリ赤点を回避していた。一回だけ赤点を取ってしまったことが何より気がかりだった。欠点や留年、補習や家のことも勿論恐ろしかったが何よりこの学年末試験の結果に基づく成績表が進路に大きく関わることが憂鬱である。評定が足りなければ行きたい大学に推薦を出して貰えないからだ。勉強が好きだなんて思ったことは一度もないけれど、得意な分野をもっと伸ばして学びたいという気持ちは強かった。

「見ないの?」
「緊張して見れないの!」
「なんで? 理数なら大丈夫っしょ」
「カバーされてると思う」

 そう勇気づけられて恐る恐る成績表を取り出した。上から「5」がいくつか並んでいる。それを見た友達はうわっと声を上げた。理数系はやっぱりダメで、「4」だったけれどもっと酷い成績を想像していたのでほっとする。そんなに頑張ってどこの大学行きたいの?と問われても答えられない。ただ、職員免許取りたいなって思ってるよ、と答えた。

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