ついに明日だね、京子とハルが八重の手を取ってぶんぶん振る。始めから終わりまで楽しそうだったふたりは明日どのお店から回るか話し合っていた。準備中に途中参加したハルという少女はなかなか強烈でインパクトがある。緑中の新体操部だったと聞いて高校の友達の名前を尋ねると、クラスメイトだったという。こんな偶然もあるんだなと思った。何が食べたい?と可愛らしく首を傾げられ、慌てて脳内を明日のお祭りの話題に切り替える。八重はいつの間にか五分咲きになっていた桜に心奪われ、穴が開くほど見つめていた。

「りんご飴かな。お祭りで絶対食べるの」

 考えるより先に言葉が口をついて出ていた、おいしいと思うけれど別にりんご飴は好きじゃなかった。八重は屋台の食べ物ならクレープやカステラのほうが好きだったのに、どうしてりんご飴が出てきたのか分からなくて黙々と考える。つやつやの飴でコーティングされた真っ赤なりんご、大きくて外側を食べているうちに飽きてしまう。中身に辿り着くとただのりんご。時間が経つと浅黒く変色してしまう、なんなら八重は飴の部分のほうが好きだ。昔から透明で綺麗なものは好きだった、屋台でしか見られないりんご飴はなんだか特別感があって、よく夏場は祖父にねだっていたことを未だに覚えている。宝石みたいなそれのうつくしい透明を飽きるまで楽しんで、大事に抱えて見飽きた頃にやっと食べる。なのに食べだしたら飴だけで満足して、やがて飴にも飽きてしまって子供だったわたしはいつも丸々一個の大きなりんごを食べきることはできなかった。笹川さんと三浦さんはいいよねと無邪気に笑っていた。わたしも確かにいいと思った。

「じゃあね八重ちゃん、バイバイ!」
「また明日会いましょう!」
「うん、ばいばい」

 最近は日照時間が長くなって、夕方をすぎてもずっと明るい。暗いよりはずっと良かった。この前までまだ冬の名残があったというのに、あっという間に春が来ていた。ようやく沈み始める夕日に背を向けると丁度ツナが現れ、リボーンに背中を蹴られて前に出る。その一連の動きを驚きながら捉えた。どうやら送って行ってくれるらしい。スムーズに自分から進み出られないあたり、相変わらずでため息が出てしまう。笹川さんの隣には沢田くんが、三浦さんの隣には渋々といった様子の獄寺くんが。わたしの隣には山本くんがおさまった。見るからにイライラしている獄寺を見て、八重は心底ハルを不憫に思った。ツナは真っ赤になって頬をかいている、緊張しているのがこちらまで伝わってきてとても見ていられない。思わず額を押さえると、それに気付いたリボーンと目が合った。全くの同意見らしい。




「あの、山本くん」

 どうやら頼み事があるらしい彼女の毛先が揺れる。こういうときは次になんと言葉をかけられるかだいたい予想が着くものだなと思った。

「ん、どうした?」
「わざわざ送ってくれてありがとう」

 親しくない人間に頼み事をするのは気が引けるのだろう。咄嗟に違うことを口走ってしまうタイプだ。それくらい気にするなと笑いかけると彼女はもどかしそうに指先を動かしていた。更に問いかければ漸く八重は人に借りたものを返したいと口を開く。すぐそこまで、ほんの一瞬だけ。日が沈みはじめた道中「だめかな?」なんて小首を傾げてお願いされるもんだから困った。山本は頭をかいていた。曰く痴話喧嘩をしているらしい彼女の想い人は、なんとあのヴァリアーだという。世間は狭いとはこのことか。よりによって縁を持ってしまったのがマフィアの連中というのが少々腑に落ちないところである。中学時代、八重とほぼ接点が無かったため彼らがどうやって知り合ったのかは知らなかった。踏み込む余地も義理もないが、ベルフェゴールが彼女に敵意を持っていないことは確かだと分かって安堵する。暗殺のプロと謳われる極悪非道な連中がひよわな一般人にちょっかいをかける意図は読めない、しかしそんなものはベルフェゴールにでもならない限り分からない。なんだか途方もないことのように感じ、別段気にしていなかった。気は抜いてられねーけど、危ない目に巻き込んでないならいっか。八重が誘拐されたと騒ぎになった夜の、ツナの言葉を思い出す。こんなやつ殺そうと思えばいつでも殺せる、か。その意味を噛み砕いて考えた結果、答えなんて明らかだった。

「急用か? なんなら一緒についていくぜ」
「あ、今じゃなくていいの。気付いたらいなくなっちゃうひとだから」

 どこで何してるか、よく分からないし。慌てて頭を振った彼女は呆れたように付け足した。確かに山本にも彼がどこで何をしているのか見当がつかない。

「はは、なんだそいつ。訳わかんねぇやつだな」
「そうだね。出来るだけ早いうちに渡せたらいいかな」

 薄らと浮かび上がった月に視線を送る彼女の表情を見て面食らう。同級生がこんな顔をするところは見たことがなかった。こんなにこころを揺さぶられている表情は、ベルフェゴール以外の他の誰にも見せたことがないに違いないと思った。#苗字#ってこんな顔すんのかよ。アイツ、羨ましい奴だなー。

「……ま、物は試しだ!」
「うん」
「祭りに来てたりしてな」

 無邪気な笑顔、底抜けに明るい声は弾んでいる。物静かな彼女がここまであっけらかんと破顔する様に内心舌を巻く。全く一体どうやって彼女をここまで手懐けたのか、ぽかんと口を開けているとけらけら笑われた。普段の彼女を否定するようになってしまうから素直に笑っているほうがいいとは言わないが、よっぽど魅力的に見える。そう言わないのは、山本も少しは女心とかいうやつを心得ているからであった。

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