「これどこー?」
「それはこっちでこれはあっち」
「はあい」

 一応病み上がりだというのに町内の手伝いに借り出されていた。そもそも八重はここの町内外であるにも関わらず、深刻な人員不足により当たり前のようにここにいる。どうやら春祭りがあるらしく、そういえばこの時期にお祭りがあったことを思い出す。あちこちで忙しなく動き回るみんなに習って八重もできる範囲で手伝いながら、たまにぼんやり桜の木を見上げる。蕾が少しづつ咲き始めていた。並盛といっても離の辺鄙な地に住んでいたから、こういう行事があるのはうろ覚えだった。夏は屋台もたくさん並んでたし、夜には花火も打ち上げられていたので流石に覚えているが規模の小さい春祭りとなると記憶からも薄れていく。本来は花見がメインなので屋台も少なく、人もまばらにしか来ないこじんまりとした祭りらしい。こういう小さいお祭りは好きだった。明後日のお祭りで食べるものを必死に自慢するランボに、そうかそうかと笑顔で相槌を打っていると目敏い獄寺がやってくる。ランボは彼の尋常ではない雰囲気を察知してあっかんべーをして走り去って行く。

「テメー油売ってないで手伝いやがれ!」
「そんな怒らないでよ……怖いよ……」
「るせぇ!」
「ええ〜……」

 ああ、わたしも温厚なふたりがよかったな。楽しそうなおしゃべりが聞こえてくるのはツナと京子のほうからだ、こちらのあまりの凄惨さに羨ましくなる。リボーンも満更でもなさそうな笑みを湛えていた。少し離れたところには山本に沢田家のイーピンとフゥ太がわいわいと盛り上がっていた。テントを運んだりテーブルを並べたりなんとも楽しそうである。それに比べてこの惨状、地獄の組み合わせにいたたまれない気持ちになる。

「獄寺くん獄寺くん」
「んだよ」
「あの、これってどこに」
「んなこともわかんねーのか! 貸せ!」

 どこに運べばいいのかな?と言い終わる前に強制終了される。盛大な舌打ちと共に持っていた骨組みをひったくって居なくなる。ひどい嫌われように泣きたくなった。どうして強く当たられてるんだと眉を下げていると、すぐに戻ってきた獄寺くんがギョッとしたようにわたしを見た。まるで今から泣き出すことを恐れているみたいに。なんだよ、泣かないよ。高校生にもなってそんなことで。昔から、雲雀さんと獄寺くんが怖かった。前者には生命の危機を感じる恐怖があって、後者にはメンチを切られる恐怖があった。本人にメンチを切っているつもりはなかったのかもしれないが、彼のつり上がった目に睨まれると、捕らえられた小動物のような心地がした。そんな恐怖の転校生が気付けばツナに尻尾を振っていたのだから唖然とした。男の子って分からない。仲良くやっているようでいいけれど。

「本当はテメーのこと殴ってやりてえところだ」

 黙々と組み立てる作業を続ける獄寺の言葉に絶句する。それはさっきのことに対してか、今回の件に関してかで大分状況が変わってくる。イライラと歯噛みしながら一度八重を見遣る、すると更に腹立たしげな様子で二回目の舌打ちをした。正直なところ、そんなに怒るなら見ないでほしかった。

「ふらっと誘拐されやがって。どこの馬の骨とも分からないようなやつに殺されてたかもしれないだろーが」
「それに関しては、迂闊でした。今後は気をつけます……」

 トントンカチカチ叩く音が次第に大きくなっていくのに気圧されて言葉が尻すぼみになる。獄寺の怒りのボルテージに比例しているようだ。テントの釘がしっかり埋まってもなお、叩き続けている。

「テメーとナイフ野郎の痴話喧嘩なんざ知ったこっちゃねーんだよ!」
「ひいっ」

 トントンカチカチの音が最大になり、鬼のような顔をした獄寺が声を張り上げる。八重は凄まれてどてんと尻もちをついた。

「え、いま、ナイフ野郎って」
「……知らねぇ」
「え、ええ、獄寺くん」
「オレは何も言ってねぇ」

 急に静かになった獄寺くんは怖いくらいの真顔でスタスタ歩き出す。これ以上何も言わせないつもりなのか、口を利いてくれなくなった。ナイフ野郎って、もしかしてベルのことかなと思ったけれどしつこく聞いて怒鳴られるのも怖かったので詮索しないことにする。あの後ツナのところへスライディングで土下座をしてなにか必死に平謝りしているところを見かけた。選手交代のように山本が八重の隣にやってくる。

「もう体調大丈夫なのか?」
「あ、山本くん。全然平気だよ、みんなに心配かけてごめんね」
「いいっていいって! 獄寺のやつが怒鳴ったりして悪かったな、あいつも心配してたんだ」
「獄寺くんが」
「おう! ああ見えてな」

 にかっと歯を見せて笑う山本くんがまぶしい。きりりとした目元は柔らかく三日月のような曲線を描いている。自分が思っているよりずっと、彼らは八重を身内のように扱ってくれていることに気が付く。スポンジに水が染み込んでいく速度で理解が追いついて、そわそわと妙な心地がした。

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