ラフな格好に着替えて部屋に戻るとツナは壁にもたれて眠っていた。隣で鼻ちょうちんを垂らしている家庭教師にも毛布をかけて、八重は暫く静かな部屋で彼らの寝顔を眺めることにする。疲れて眠りに落ちてしまった彼らの姿は親身になって看病してくれた人を彷彿とさせる、もったいないほど大事にされていることを何度も痛感した。きっと心配性で放っておけない彼のことだろうけど、恵まれている。祖父は黙って、頭をがしがし撫でた。迷うことなく手が伸びてきて、てっきり脳天でもかち割られると思ったがなんてことはない、存外やさしく手を置かれる。その後乱暴にがしがしと撫でられたが。何も、言わなかった。頬杖をついてツナの寝顔を観察しながら、寄せては返す思考の波にさらわれる。じゃあそうじゃない人は?だれも心配してくれなくて、間違ったことをしても叱ってくれなくて、何も知らずにそのままの大人になってしまった人は、誰が叱ってあげたらいいんだろう。どうしても放っておけない、お人好しにも程がある。

「お前はどうしたいんだ?」

 寝ていたはずのリボーンはいつもと変わらぬ表情で八重を見ていた。答える前に「俺に隠し事なんて百年早い」と追撃の矢が放たれる。どうしたいのか分かっていて、わたしは目を背けている。恐ろしくて逃げ出したくて、とても正気ではいられなくなる。ベルを前にすると気でも狂ったみたいに思いの丈が溢れてならない。こわかった。不器用なやさしさと最後に渡された言葉に愚かで淡い期待を抱いてしまう、けれど何より拒絶されるのが恐ろしい。別にこんな重たい面倒な感情を明け渡す気なんてさらさらなかった、吹きすさぶ嵐のような気持ちが顔を出して、自分では到底止められなかった。うっかり口に出しかけた二文字を奪い去って、止めたのは他でもない彼だ。それ以上は言っていけないと言葉通り口止めされた。かなしくて、でもどうしようもなくて、濡れた頬にさくらの花びらがくっつくのを鬱陶しい気持ちで払う。真っ暗闇に溶け込んで花びらだけ残されたそこで、八重は惨めったらしくいつまでも泣いていた。身の丈に合わない恋なんてするもんじゃなかった、心がびりびりになっていくようだった。

「あっさりフラれたんです。迷惑だったんだろうな、最後なんて何も言わせてくれなくて……」
「……」

 笑えますよね、まあ所詮中学生のごっこ遊びみたいな、そんなものだったので。嘲るような口ぶりに、リボーンは何も言わなかった。

「でも、もし、できるなら」

 もう一度だけ聞いて欲しい。取り残されたあの日の幼いわたしが泣いている。別に大恋愛とか、映画みたいな恋なんかじゃなかった、その後何度かクラスメイトや他の学校の男の子と付き合ったこともあった。別にベルだけをずっと好きだったわけじゃない。いつかは笑って話せるような思い出になると信じて疑わなかったし、泣いてるあの頃のわたしを塗りつぶしたくて、他のたくさんの男の子と付き合った。上書きして、消してしまいたかった。夢に出てこないように、わたしは今付き合ってる彼が世界で一番だと思えるように。コロコロ付き合う相手が変わるわけではなかったけれど、いつも何か物足りなさを感じていたように思う。埋まらないさみしさの穴は中々塞がらなかった。確実に大人になっていたはずなのに。手を繋ぐことにも、キスをすることにもどきどきした。その度にわたしはちゃんと恋をできているのだなと安心していた。今思えば間違いだったような気もする。ただ、他の誰よりベルが特別だった。

「上等だ。最初から分かってるじゃねーか」
「赤ちゃんに恋愛相談をする日が来るなんて……」
「オレは世界一のヒットマンだからな、なめんなよ」
「う、うーん」

 流暢な赤ん坊に丸め込まれたように納得する。やっぱり彼はミスマッチで見た目と言動がそぐわない。可愛い見た目と厳つい拳銃を沢田くんに迷うことなく向ける様がちぐはぐだ。家で発砲するのはやめて欲しい。リボーンの容赦ないオーラに飛び起きたツナは寝ぼけ眼で周りをキョロキョロする。

「いつまでも人の家で寝てんじゃねぇ。帰るぞ」
「あっ、オレついうっかり……ごめん!」
「ううん。謝りたいのはこっちだし」
「後のことは心配すんな、お前もしっかり休めよ」
「分かりました」

 リボーンが肩に飛び乗るとツナは歩き出した。玄関で見送った後、今までの疲れがどっと押し寄せてふらふらと覚束無い足取りのまま自室へ倒れ込む。久しぶりの自分のベッドは居心地が良くて、誘われるように瞼を閉じる。まだ気だるさを残した肢体を抱えて、煙に包まれるように眠りに落ちた。

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