体が火照ってベッドに逆戻りする。どうしたらいいのか分からなかった、一人で泣きそうになったり赤くなったり忙しくしているとベルがもぞもぞと動き、眠たそうに顔を上げる。起きた?と遠慮がちに声をかけると、カーテンから漏れる光の眩しさに少し不機嫌に眉をひそめて八重が寝ている布団に潜り込む。驚いて声も出ない。え、ちょっとまって、待ってってば。

「ベルまって今退くから」
「……」
「ね、ねえってば」

 全くどうして自分は硬い椅子の上で寝ていたのだと言いたげな表情でズカズカと布団の中に入り込む。八重も巻き込んで抱き寄せると、満足そうに二度寝した。ベッドから抜け出そうとすれば強い力で引きずり込まれる。怪力すぎる、本当に寝ているのだろうか。アクシデントに頭がついて行かず、また一気に体温が跳ね上がる。これで熱が上がったらどうしてくれるのだ。肩や腰に腕を回され身動きも取れないので仕方なく目を閉じた、何度呼びかけても返事はない。八重の言葉に全く反応を示さない彼はどうやら本当に眠っているらしい。もしかしてずっと寝てなかったのかな。ごめんね。忙しなく動き出した心臓の音がどうか聞こえませんように、と祈りながら八重も、煙が消えていくように目を閉じた。

 空腹で目が覚める。ぐうぐうと主張するお腹を押さえながら起き上がった。まだ少し汗をかいていたが、二度寝から目覚める頃にはしっかりと食欲も出てきていた。つられてむくりと起き上がったベルはまだ寝ぼけているのか暫くぼんやり八重を見ていた。いそいそとベッドから抜け出して、勝手に昼食の準備を始める八重を数分眺めた後、やっとベルは頭が冴えてきたようだった。

「ごめんね、迷惑かけて。うわ、冷蔵庫なんもないし」
「ざっと二年くらいは空けてたからな」
「賞味期限切れのコーラだけ……」

 結局近くのコンビニでベルがお昼を買ってきた。テーブルに並んだサンドイッチと紙パックの牛乳を受け取る、ストローを取り出すために爪でぎゅっと押し出した。八重の力で透明なビニールがつっぱって薄く伸びていく、ストローの先端が突き出して顔を出した。そういえばベルは牛乳が好きだった。

「……お前さあ」
「うん?」
「こういう時くらいありがとうって言えよな」

 結局ベルはシャワーまで貸してくれた。知らない間にタクシーを呼んでくれたらしく、歩けるんならさっさと帰れと手で払われる。ほんとうにちぐはぐで不器用な人、ありがとう。服は洗って返すねと伝えて玄関のドアノブに手をかけた時、思い切ってどうしてここにいるのか尋ねた。ずっと気になっていた、緊張で少し手が震えている。

「仕事。ここ来た時のために買い取ったんだよ、ホテルのスイートルームに何泊もしてたら目立っちまうだろ」
「か、かいとった……はぁ……」

 とんでもない事実に目を白黒させる。微熱のせいか目眩がした。高熱に浮かされていた晩のような、寒気と高熱が交互にやってきて、部屋は縮んだり歪んで広がったりする。毛布や下着が汗でぐっしょりと濡れて気持ち悪かった。
 あっ、やばい。その時に見た夢か現か分からないものと一瞬判別がつかなくなる。こんな時まで情けない。突然の目眩に対応しきれず体勢を崩したが、ベルはなんてことないように八重を受け止める。抱き寄せられた腕の感触がひどく懐かしい。ほとんど全体重を傾けていることに気付き、慌てて体を起こそうとするが、その腕に力強く抱きしめられて動けない。もう受け止められてはいなかった、今は確かにその腕に抱きしめられている。まるで映画のワンシーンのようだ。沈黙。肩に埋められたベルの顔は見えない、わたしは情けない顔をしていた。心を、感情のど真ん中を、指で直接なぶられているようだ。相反する気持ちに引き裂かれる心が痛かった。わたしたちはずっと前から言葉を知らない獣のように、不器用に怯えながらこの得体の知れない感情と生きてきた。

「ワリ、」

 我に返った彼はぎこちなく八重の体を離し、行き場を失った腕を隠すようにして後ろで組む。胸を突き破るような気持ちに耐えられずさめざめと泣いた。いつまでたってもわたしは弱虫のままだ。ふるふると首を振りながら両手で涙を拭うと、再びドアノブに手をかけて今度こそ玄関を出た。

 「河川敷で死にそうなお前見つけた時、たかが紙切れのためにバカな女だって思った。でも、同時にお前だけいればいいって本気で思ったんだよ」それはどういう意味ですか、体を離して向き直ったベルに言われた言葉にしゃくり上げるのを必死に抑えていたわたしは、何も言えなかった。タクシーに揺られながら脱力して目を閉じる。もう、心と体がばらばらになっていた。

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