事の発端はかれこれ二十分ほど前に遡る。日中八重を送り出したツナたちは「もしも」に備えて戦略を立てていた。守護者をかけた戦いだったり、未来や世界を守る為の戦い、アルコバレーノたちの命を守る戦いをする訳では無いが、やはり何も知らない無垢な少女の身が危険だと思うと不安で仕方がない。高橋八重を保護するという依頼は今までやってきたことにしてみればなんでもないようにすら思えた。しかし、八重は何も知らないで平穏な日々を過ごしている。十代目候補に選ばれたと知った時の自分とよく似た状況に、あの恐怖と不安の日々を思い出して拳を握る。女の子なのに。まだ男として生まれていたら、元軍人だという厳格な祖父に鍛えられて修行していたかもしれない。だけど彼女は女の子で、彼女の祖父は技や術を身につけることを望まなかった。いつもいつもいじめられっ子から守ってくれた八重ちゃんが危ない。八重の祖父に呼び出され屋敷に向かうと、頭を下げて頼まれた。体にガタがきはじめて、もう先も長くない。どうか孫を守ってやって欲しいのだと。「怖くないよ、大丈夫」そう言って手を繋いでもらったことを思い出した。今度はオレが高橋さんを守るんだ。八重にはずっと、怖いものから守られた平和な世界で笑っていて欲しい。

「どうしたらいいんだ……」

 自分の油断のせいで八重が怖い目にあっているかもしれない。リボーンは八重の祖父に話を付けてくると飛び出したきり戻ってこない。どうすればいい、どれが最善なんだ?緊急事態に周りも焦っているようで、珍しくみんながピリピリとしていた。獄寺くんは見回っていたのに帰りが遅いと気付くのに遅れたことを悔やんでいる、山本は何の関係もない一般人のクラスメイトが巻き込まれてしまったことに心中穏やかではいられない様子だな。オレも、油断したことに冷静でいられなくなっている。八重、ヴァリアー、ベルフェゴール。しかし何だか引っかかってモヤモヤした。大事なことを見落としているような気がしてツナは必死に記憶の糸を手繰り寄せて考える。これで全部じゃないはずだ、まだ何かある。何か大事なことが。

「沢田! 極限にどうするのだ!」
「ツナ〜ランボさんお腹空いた〜」
「おいアホ牛! 今はそんな場合じゃねえんだ!」
「だってランボさんお腹空いたんだもんね!」

 事前に今回のことを説明されていた了平が呼び出されるなり飛んで駆けつけた。本人にも内密に実行する計画だったのであくまでサポートとして参加してもらっていたのだ。唯一状況を理解していないでいる呑気なランボは行き詰まった雰囲気を察したのかぐずりだした。

「ちょっと待ってくれ、大事なことを忘れてる気がするんだ」

 集中するべく目をつむる。頭の中には中学時代のイメージが浮かび上がってきた。放課後の教室でツナと八重はふたりきりだった。ということは二年生の時だろうか、常に周りには獄寺や山本がいたのでツナひとりで教室にいるということは珍しかった。どうやらオレは忘れ物を取りに来たらしく彼女は真っ暗になるまでずっと勉強していたようだ。獄寺と同じくらい頭が良かったが、理数系には大苦戦していた。中学に上がってからお互いよそよそしくなってしまったことにいたたまれなくなり、迷っている。しかしそんな迷いも彼女の頬の傷を見て吹き飛ぶことになる。右頬から耳の横にかけて、ぱっくり裂けたような大きな切れ目が真一文字に引かれている。暫く日が経っているのか、その部分だけかさぶたになって、皮膚がきゅっと寄せられていた。どうして今まで気づかなかったのだろうと思案する。そういえば最近彼女は髪を切ったのだ、今まで横髪で隠していたのだろう。勉強中、無意識に髪を耳にかけていたに違いない。

「えっこれ? 全然大丈夫。うーん友達とじゃれてたらこうなっちゃって……」
「どんな遊びしてたの!?」
「でもわざとじゃないから。ただの脅しだし!」
「いやヤバいよ! ほんとにそんな人と友達で大丈夫かな……」

 そこでイメージは途絶えてハッとする。「あっ、ヒバリのヤロー切りやがった!」「まー、並中で匿ってもらったからな」「だからって用済みになったから追い出したはねーだろ!」どうやら雲雀と連絡を取り合っていたらしい獄寺が舌打ちをして携帯を片付ける。「大丈夫だ」その一言で守護者間の緊張した空気がほぐれていった。みんな黙って頷いた。

「……寧ろ、助けてもらったんだと思う。今は無事に帰ってくるのを待とう」

 「殺そうと思えばとっくに殺してる」彼の言葉を思い出す。照れくさそうに笑う八重の横顔を思い出す。初夏の風に持ち上げられた彼女の前髪のやわらかさ、揺れるおさげ、りんごのように熟れた頬。そうしてあの、望遠鏡を覗き込むように瞳のなかの何かを探す、八重の視線が誰に向けられていたのかも、やっと理解した。

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