「文句言うなら返してください」
「やだね。代わりにこれやるよ」
「……たった今拾った桜じゃないですか。じゃあ、これも栞にします」
「それ意味あんの?」
「ありますよ。貰ったものだもん」

 バカな女、心底そう思う。ぼろぼろに破れた紙屑のようなものを必死に握り締めて、青白い顔で凍える女を見つけた時彼女は正真正銘のバカなのだと、そう思った。お前まだそんなもん持ってたのかよ、俺なんてとっくにどっか無くしちまったってのに。それを見て懐かしい記憶を思い出す、あの時散って落ちた桜を拾って渡したら八重は無邪気に喜んだのが衝撃だったことを覚えている。ゴミをもらって喜ぶ女なんて生まれてこの方初めてだった。寒さに震えながらその小さな四肢を抱き締めて河川敷まで戻ってきたであろう八重は、ベルが見つけた時には既に意識朦朧としていた。こいつはいつも自分で自分の首を絞めている。死にたいならもっと楽に殺してやるのに。時たま熱に浮かされたような表情で「よかったあ……」とぐすぐす泣きながら呟く。八重を抱きかかえて、彼女を見下ろすベルに向かって消え入るような声で何か言っていたが、聞き取れなかった。安心したのか、そのままぱたんと意識を失う。その方が都合がいい、今晩のことは夢にしてくれ。心の底からそう思った。

 ポケットの中で振動する携帯に気付いてそれを取り出すとすぐに電話に出る。着信には大方予想がついていた。声の主は案の定ボンゴレの沢田綱吉、こいつも過保護だが祖父もかなり過保護であることを思い出す。大方夕方を過ぎても帰らない孫を心配して沢田に連絡したのだろう。その沢田も八重の行方不明にパニック、どうりで通話越しのボンゴレの守護者共がガヤガヤと騒がしいわけだ。こいつも大概こじらせている。この程度で他のやつに攫われちまうんじゃこんな虫けら、命がいくつあっても足りねーっての。

「今どこ!? さっきおじいさんからまだ帰ってないって、居場所知らないかって連絡が」
「チャオ。久しぶりじゃん」
「え?…………なんか聞き覚えのある声なんだけど!?」
「こいつとりあえず保護すっから。じーさんにも大丈夫だって言っとけ、あと今日は帰らねーってな」
「な、何言ってるんだよ!」
「じゃな」
「まだ話は終わってないぞ!」

 面倒くさいことになった。うるさいハエを追い払うような口調に獄寺が怒鳴り散らすのが聞こえる。

「てめナイフ野郎!」
「まあそんなカッカすんなって。別に取って食ったりしねーよ」
「あぁ? どういう意味だよ!」
「そのまんま。殺そうと思えばとっくに殺してんだよ」
「……あっ! おい!」

 ぶつ。そのまま通話をぶち切ると携帯の電源を落としてポケットにしまう。かなり焦っている声だった、無理もない。ボンゴレは八重が誘拐されたと思っているに違いない、それもあながち間違いではないが。タイミングが悪かったがこればっかりは仕方ない。「殺そうと思えばとっくに殺してる」そう言った時に沢田が息を呑むのが分かった。ベルだって冷静ではない。後先考えずにこんなめちゃくちゃな行動をしたのは初めてだった、勝手に体が突き動かされる、歯止めが効かない強い衝動は、衰弱していく目の前の女によって今も引き起こされている。

 八重の身体は冷えきっていた。死人のように青白い顔、血色のない唇、冷たい手足。うずくまって動けないでいる彼女を見つけて、放っておけるわけがなかった。腰まで水に浸かって濡れている彼女を抱き上げると上着を羽織らせて夜の並盛を駆け抜ける。イタリアでほらみたかとマーモンが嘲笑っている気がした、スクアーロがベルはどこに行ったと怒鳴り散らす様子も目に浮かぶ。立て続けの任務を一掃してわざわざ有給まで取ってやったのだから、常時うるさい上司にガミガミ言われるのはごめんだ。隠れるように闇に溶け込んで息を吐く。はは、笑えるよなマーモン。お前の言う通り王子の負け。気付いたら正気失ったみたいにここにいんの、単純すぎ。こいつのことんなると、ほんと調子狂うんだよ。マジでらしくねーっての。こんなことになるんだったら、最初に一目見た時からスク先輩に口うるさく説教されることも気にせずにさくっと殺しちまうんだった。今更都合が良いにも程がある。もう二度と傷つけないように、慎重に丁寧にちっぽけな八重を胸に抱く。彼女を傷つけたくないならここにいるべきではないのに。

 あんな紙切れひとつのために必死になってこのザマ。もし誰にも見つけられずにいたら今頃どうなっていたか分からない。こんな面倒事、さっさと沢田に押し付ければよかったのに、今必死になって八重を胸に抱いている。傷をつけてしまいそうで触れるのも恐ろしいのに、憎くて殺してしまいたくなる、こころのざらざらした部分を撫でられている感覚があった。

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