「図書室……」
「並盛高校から寄付された本が来週ここに届く」
「はあ」
「きみにはその手伝いをしてもらう」
「それってパシリですか」
「できるよね」
「ハイ」

 無理だ。この人の圧に耐えられない。元図書委員長だなんて言われてしまってはやるしかない、責任感のある仕事は中途半端に出来ないのが八重の弱いところだった。よく覚えていらっしゃる。それで、八重が図書委員長になったのは当時の委員長を雲雀が病院送りにしてしまって、二年生の副委員長だった八重が暫く代理として立てられた。ということは都合良く忘れたふりをしているところが彼らしい。口に出したら確実にトンファーの餌食になるので言わないけれど。それにしても風紀委員は仕事の幅が広い、当時は気にしていなかったもののこれは本来図書委員が担当する仕事であるはずだった。「図書委員がやらなくいいんですか?」「今は休業中でしょ。生徒がわざわざここに来る必要はないよ」存外常識的ではあった。それに見回りの手間が省けるので何かと効率がいいのだと言う。本来なら八重は部外者で、ここに立入ることも出来ない存在であるが、元図書委員長が風紀委員を手伝うという名目でリーゼントの人たちは納得した。しかし彼の言うことに関して全肯定しているイメージではある。幸い、八重は代理として短い期間委員長を務めていたとはいえ仕事も、陳列された図書の場所も覚えている。

「新しく入ってくる本のために場所を空けて、修繕が必要なものはこっちに渡して」
「了解です」

 終わったら好きにしてと吐き捨てて雲雀は近くの椅子に座って眠り出す。「起こしたら咬み殺す」と釘を刺されて八重は死を覚悟する。絶対静かにしよう。ツナが雲雀を害をなさないと判断して助けに来てくれないのなら大間違いだった。確実に生命の危機が訪れている、おっかない人たちに狙われる前に死んでしまう。どうしてこんな目に……と途方に暮れながら泣く泣く作業を始めた。

 何時間か経った頃、風紀委員の草壁という男が淹れてくれた紅茶を飲んで一度休憩していると、目の前の本棚に懐かしい本の背表紙を見つける。ざわざわと不思議な心地がしたが、頭は冷静なことに驚く。胸の中が煮え返るように動顛したが、薄く開いた口から落ちたのは妙に冷静で落ち着き払った声であった。震えて掠れた声は音にならずに図書室に消えていく。酷く懐かしい、見覚えのある本だ。決して忘れるわけがない本だ。――本を借りるのは良いことだと思う。寧ろ年々減少している並中の本の貸し出し数には図書委員会の先生と一緒に頭を抱えてああでもない、こうでもないと生徒の読書意欲をどう向上させるか議論したものだ。本の虫だったわけではないが、読書は昔から好きでよく本を読んだ。子供向けの絵本やおとぎ話のような独特な世界観のファンタジー作品が特に好きで、暇な時は昔読んでいたものを引っ張り出して読み耽っていたこともある。楽そうだし本好きだしやるか、そんな適当な理由でなけなしの内申を稼ぐためにやっていた副委員長ではあったが、八重は案外活動に乗り気だった。相変わらず借りた本を元の場所に戻さない不埒な輩ばかりだと憤慨しながらそっと本を手にする。まるで自分を待っていたようだと不思議な考えが浮かんだ。何度も何度も誰かに読まれて解れが酷い状態の背表紙を優しく撫ぜる。これは修繕が必要だと思った。

「こんなところにあったんだ」
「何それ」
「……お、起こしましたか」
「自分で起きたよ。それはなに」
「栞です。押し花の栞」
「ふうん」

 ここに居たの、ここでわたしを待ってたの。ゆっくりと形を確かめるように桜の栞を握る。鮮やかだったはずのその美しい色彩はとうの昔に失われ、色褪せてぼろぼろになって忘れ去られて、それでも尚ここに在る。確かに八重がなくした栞だ。今はもう何の花だったかもわからないが決して忘れてはいなかった、桜の花びらだ。大嫌いな、桜の。

「なくしたと思ってたものなんですけど、これもらってもいいですか」
「勝手にして」
「ありがとうございます。この列で最後ですよ」
「そう」
「この花、昔は好きだったんだけど、今では見るのも嫌になっちゃいます」
「……」

 それっきり口を聞いてくれなくなった雲雀に独り言のように話し続けながら八重は作業を続けていた。彼は目をつむってまた眠る。邪魔をすると図書室が血濡れになるので黙ることにした。学生時代を共にした、愛着のある本たちが自分の血で真っ赤に染まるのは勘弁して欲しい。「嫌いなのに持ち帰るなんて物好きだね」それまで止まることのなかった八重の手が止まる。ほんとうにそう、嫌いなのに手放せないでいる。いつまでたっても見えない幻影を追いかけている。すこし目を開けて、射抜くような鋭い双眸で見つめると、こっちの気なんてお構いなしに、もう興味が無くなったらしく雲雀はまた目を閉じる。小動物の思考は理解できないと言いたげな顔だった。

/

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -