「ここ違うよ」
「あれっ、ほんとだ」
「この問題は主人公の心情を抜き出して書くタイプだね」
「そっか、ごめんごめん」
「……レ点と返り点がめちゃくちゃ」
「え、えへへ」

 こんなやり取りを何度か繰り返しているうちに八重は気が滅入って、段々腹が立ってきた。気は長い方だが、本来の目的は絶対に勉強ではないし、変によそよそしい。回りくどいやり方で頼んでくるぐらいなら、もうそろそろちゃんとした、本当の理由を教えて欲しかった。五日前から何故か獄寺は毎日八重の家の周りをランニングし始めた。二人は隠しているつもりらしいが、よくコソコソしている。秘密の作戦会議ならこんな他人の家でしないで欲しかった。最初は別に気にとめなかったものの、こうやって毎日家に缶詰状態にされては話は別になってくる。八重がここに縛り付けられることが嫌いだったことをツナはよく知っているはずなのに。思いきって問いつめた時のなんとも歯切れの悪い煮え切らない態度に不平不満は募るばかり。ふーん、そうなんだ。そういうことするんだ。わたしは真面目に勉強を教えるつもりだったのに、沢田くんは最初からそんなつもりじゃなかったんだ。集中力も限界に達したのか忙しなく周りを見回すツナに堪忍袋の緒が切れる。頼まれたからには本気でやっているのにあんまりだ。八重の中で何かが切れた。ならいいよと不貞腐れて立ち上がり、家を出ようとすると物凄い形相で止められる。ツナの腕が逃がすまいとして八重の細い腕を掴んでいた。あまりの気迫に押されて、驚いて目を瞬く。

「ダメだ!」

 力加減を忘れて思いっきり掴まれた腕の痛みに顔をしかめると、それに気付いたツナは慌てて謝った。こんな時に一瞬、八重はツナの手がちゃんと男の子の手だったことに驚いた。ぼろぼろの、暖かい手のひら。さっきまで腹を立てていたのに、そんなに必死になられては急に不安になってくる。絶対ダメなんだと弱々しい声がぽつりと吐き出される、まるでさっきのことを申し訳なく思っているみたいに、やさしくそうっと、恐る恐る手に触れる。そろそろと伸ばされた手のひらは、八重の形を確かめるかのように合わさった。祈るような、真っ直ぐな目。指先が合わさって、色の違う両の手の境目が交わる。同じ温度に溶けていく。絡め取って、きゅうっと繋いで離れない。

「君が危ないんだ。おっかない人たちが来てて、もしかしたら狙われるかもしれない」

 八重ちゃん。ひどく懐かしい名前で呼ばれて、懇願するような目で見つめられては観念する他なかった。なんだかすっかり毒気も抜けてため息をつく。急に我に返ったツナは真っ赤になって手を離した。残念、さっきの真剣な顔はちょっとかっこよかったのに。おっかない人たちだなんてそんなに簡単には信じられない。怖いのは祖父だけで十分だった。突飛な話でよく意味も分からないけれど、なんとか話を飲み込もうとする。昔から相変わらずとことんツナには甘かった。

「誘拐? 身代金とか?」
「う、うーん……」
「お金じゃないのかあ」
「どちらかと言うと、体?」
「最低!」
「あいたっ」

 もっと言い方が他にあるだろうに、完璧に選択ミスをしている。間髪入れずに頭を叩くと今のはツナが悪いぞとどこからともなく現れたリボーンが、思いっきりツナの頭を踏みつけて飛び乗った。相変わらずこの赤ん坊も八重にとっては怖かった。家庭教師としての行き過ぎともいえる指導は何度か見たことがあるが、あれはうちの祖父に似た何かを感じる。絶対に気が合うと思う。急におっかない人たちが来ているなんて言われてもあんまりピンと来ない。試しにそれってうちのおじいちゃんとどっちが怖い?と聞いてみたら、迷った末にどっちもだけど、それ以上に怖いと思うよ。だった。それは只事ではないな、おじいちゃんより怖い人間なんてたまったもんじゃない。八重は少し事の重大さを受け止めて冷や汗を流す。それでは連絡先に登録された「世界一怖い男」が更新されてしまうではないか。

「なんにも聞かないの?」
「うん」
「……怒ってない?」
「ちょっと怒ってるけど、命には代えられないもん」
「ごめんな、嘘ついたりして」
「いいよ別に。だって守ってくれるんでしょ?」

 詮索はあまりしたくない、世の中にはたくさん知らなくていいことがある。八重は中学生の時をそれを身をもって実感した。遠い昔のことを思い出しながらちょっと胸が痛くなって、ペンを持ち直した。それに、課題はやり遂げてもらうつもりだし。そう付け加えるとツナは予想外とでも言いたげな顔をする。当然だった、ずっと家に缶詰にされていて他にやることがないのに、どうするつもりだというのだろう。リボーンは喜んで賛成した。これでテストの点数も少しは伸びるだろうから、ツナがしっかり八重を守る分みっちり教えてやってくれと頼まれる。勿論ですと意気込んで了承した、そうしてヤケになったツナが山本も巻き込んで始まった地獄の勉強会は続行されることとなる。

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