つまんねー。雨の日ってつまんねーな。他の奴らは何してっかな。スク先輩は武器の手入れでもしてるだろうからちょっかいかけに行くのもいいかも、オカマは庭で晴部隊の奴らと茶でもしばいてるか昼メシの準備だろうし、レヴィに関しては気分が悪くなるから出来ることなら顔を合わせたくない。あんなザコさっさとくたばっちまえばいいのにな。

「ちょー退屈」
「任務は?」
「終わった。明け方帰って来てから今の今まで寝てたんだよ」
「最近ずっと仮眠ばかりだったから疲れてるんじゃないのかい。魘されてたよ」
「ししっ、シュミワリー。いつからいたんだよ」
「ム。朝食だから呼びに来たのにベルが起きなかったんだ」

 天気も気分も改まって、会話すら億劫になっていた。きっと今、いつものように喧嘩をふっかけられてもあまり乗り気になれない。マーモンの質問に答えているうちに、たった今見た夢の続きをゆっくり思い出し始めていた。カラカラと音を立てながら色褪せたフィルムが回り出すように、過去の虚像の渦に飲み込まれていく。

 いつのことだったか、今となってはもう思い出せない。泣き虫で弱い、ちっぽけな取るに足りない女だった、虫けら以下のしょーもない奴。なんでだっけ、なんでアレにちょっかい出してたんだろうな。よく思い出せなくてイライラが募るだけだった。ベルが勝手にひとりで腹を立てていると、昼食は呼びに来てあげないよと警告される。なんだか急にマーモンの澄ました面が憎たらしくなってきて、簡単に頭に血が上るベルは思わず上半身を起こす。ついさっき乗り気にならないといったものの、喧嘩をふっかけたのは寧ろベルである。全く関係のない八つ当たりを受ける哀れなマーモンは不機嫌になったベルの雰囲気を素早く察知して振り返る。ふよふよと漂ったまま、ベルがどうでるか見物にしていた。

「うるせーな」
「君は上手くいかないとすぐ八つ当たりする」
「殺す」
「子供すぎるんだよ」

 マーモンはくすくす笑った。どっちがガキだと言いたげにフードの下で弧を描いた口元が開かれた。残念ながらベルの八つ当たりを買ってやるほど今は元気じゃない。マーモンだって任務明けで眠かった、この体では相変わらず不便が多すぎる。どうどう、と獣を鎮めるように飛んでくるナイフを簡単にかわす。ムキになって途方もない腹立たしさを自分にぶつけようとしているベルは年相応に子供なのだと思ったら面白かった。こういうくだらないのは当人同士、他所でやって欲しい。

「素直じゃないね」

 せっかく構えていたベルのオリジナルナイフは用済みになった。何が面白いのか、笑いをこらえきれないでいるマーモンに興醒めしてゲンナリする。

「くだらない色恋沙汰に付き合ってあげるほどボクは子供じゃないからね」
「あ? 意味わかんねえ」
「わかってないのはどっちさ」

 思わずふいと顔を逸らした。マーモンの言う通りだ。狼狽えて迷って、逃げた。彼女の想いを裏切って踏みにじった。彼女を滅茶苦茶に傷付けたのは、他でもない俺だ。俺が、傷付けた。

「そういえばもうすぐ日本はサクラの季節だったね」

 意図が読めた時舌打ちした、全部お見通しってワケかよ。自分ひとりでキレていることが見透かされた上にバカにされて笑われた。この気持ちの捨て場が見つからなくてこっちは参っているのだ。

「へー。しらね、王子興味ないし」

 八重がサクラの下で笑っているのが見えた。降ってくる花びらに手を伸ばして必死に掴もうとしている様子をベルは黙って見つめている、その口元は心做しか緩められていた。花言葉は確か「精神美」や「優美な女性」だったか、いつの日か彼女が教えてくれた。おかげでこの季節になると居なくなってしまった人と花言葉を思い出す。まるで呪いをかけられた気分だった。どこか遠くのサクラの下で、彼女が舌を出して笑っているような気がしてならない。

「サクラは今も好きかい?」
「回りくどいんだよマーモン」
「君も大概ね」

 前に、花びらがほとんど散ってしまった頃になって慌ててサクラを見に行ったことがあった。何故かわからなかったけれど、どうしても一目見ずにはいられなくてイタリアを飛び出した。そこに答えがあると信じて疑わなかったが、日本に着いてみたら特になんの感動もなく、ベルはあー、もうすぐ散るなーくらいにしか思わなかった。ひとりで見るんじゃ意味がなかった、そんな簡単なことはずっと分かっていた。綺麗なサクラが好きなんじゃない、俺は、サクラの下で笑うお前が。言葉に出来なくて、ぐしゃりと前髪を掴んで息を吐く。

「行かないの?」
「もう遅い」
「まだ間に合うよ」
「知ったような口聞くな」
「知ってるさ」

 食い下がらないマーモンを睨み付けるベルとは反対に小さな赤ん坊は上機嫌に笑った。「彼女も呪いを解きたいだろうね」その言葉をゆっくり噛み砕いて反芻してみても、意図も意味も掬えなかった。

「……今更、どの面下げて会いに行けばいいんだよ」

 やるせなさにベッドに逆戻りする。ぼす、とクッションを叩いて顔を埋めるといつの間にやらマーモンは姿を消していた。まだ間に合う?そんなわけあるか、もう、何もかも手遅れだ。

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