金曜日の夜は特別だった。大広間には朝から無数のジャック・オー・ランタンがふよふよと浮かんでいたし、黒い塊になったコウモリたちが城中を飛び回っていた。グリフィンドールの席で「首なしニック」と呼ばれるニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿が絶命日パーティーに来ないかと昼食を取りに来たグリフィンドール生にひっきりなしに声をかけていた。ナマエは正直あまりお呼ばれしたくないパーティーなので、スラグ・クラブのパーティーに出た方がマシだと思った。

「パーティーっていつから?」
「……わたし、まだあなたがシリウスを誘ったことを隠してたの許してないわ」
「六時。ああ、ごめんったら、ほんとに忘れてたの」
「全く、見かけによらずちゃっかりしてるんだから! 嫌いだって言ってたのはフェイントかぁ……」
「ヒュー、やるじゃんナマエ」
「だーかーらー違う! そんなに根に持たないでよ」

 たかが彼のたった一晩だよ、と呆れ返って切り分けたシェパードパイを皿に取り分ける。皆は「言い方!」と目を白黒させていた。あれはナマエのちょっとした憂さ晴らしで、本当に何も下心はないのだ。盲目な他の女子生徒とは違ってルックスの良さや家柄だけに囚われて熱を上げたりするもんか。バカみたい。ナマエはシリウス・ブラックが好きだという子を見る度そんなことを思う。あまりに見る目がない。人気者といえど彼のファンでもなんでもないナマエはシリウスの女性関係なんて知ったこっちゃないが、あの西塔での出来事で大抵のことが読めた。だらしなくってしょうがない男だ。エルザとシリウスについて何も知らなかったけれど、確かに彼の瞳から諦観が滲んでいるのを見た。恋愛経験は豊富とは言えないが誰にだってわかる。あれは別に好きじゃなかったということを包み隠そうともしない、飽きたおもちゃを投げ捨ててしまう無邪気な子供のような残酷さを孕んでいた。嫌いだ。いい加減な態度も、諦めきって見下した目も。けれど、ナマエはシリウスこそが自分は大丈夫だと思っている女の子たちを軒並み骨抜きにしてしまう不思議な力があることを知っていた。それが余計に恐ろしかった。多分みんな油断して、気づいた時にはもう遅いのだ。美しい花に誘われた次の瞬間猛毒を巡らせた蜘蛛の巣に捕らわれる。シリウス・ブラックにはそんな、ゾッとするほど危険な魅力がある。

「どっちがいいと思う?」

 さっきまでは裏切り者だなんだと騒いでいた友人たちもやはり女の子というか、ファッションやメイクに関してはころっと態度を変えて乗っかってくる。今やナマエにはどのドレスが映えるかをあーでもないこーでもないと議論していた。手持ちのドレスを何着か引っ張り出してきてベッドの上に放り投げると、いくつかのヒールとアクセサリーを探す。シルバーの方が映えるわよと言われてそのまま、左手に持っていたイヤリングにした。結局、みんなは一番右手のシルバーブルーのものを選んだ。くすんだブルーの生地にシルバーラメがふんだんにあしらわられ、足元にかけてチュールの裾が広がっている。ナマエもお気に入りだった。四年生のクリスマスプレゼントに両親からもらったバレッタで髪をまとめて杖で毛先を軽く巻き付ける。

「メイクさせて!」
「じゃあ髪の毛はいじらせて!」
「まつ毛はしっかりカールさせなきゃダメよ」
「もう好きにして……」

 人形のように好き放題されて放っておくとあっという間に完成だった。やれやれと鏡の前に立ってナマエは大きく目を見開いた。くるんと上を向いたまつ毛は自信に満ち溢れているし、真っ直ぐに引かれたリップラインは鮮烈で蠱惑的だった。これは本当に自分なのだろうかと思わず感嘆の声が漏れる。グリッターのラメがまぶたの上で煌めいてウィンクした。しっかりと陰翳を描いたハイライトは鼻の高さを目立たせてナマエを美しく照らしている。全てが輝きを放っている。彼女らのメイクはとびっきりの魔法だった。

「楽しんできてね」
「今日のあなたは最っ高!」
「スラグホーン先生によろしく」
「ああ、本当にありがとう! 行ってくる!」

 なんて素敵な夜なんだろう。ナマエはスキップしながら日が沈み出した窓を見て談話室を飛び出した。

 約束通り西塔の階段で待っていたグリフィンドールの三人衆はナマエを見てぱちくりしていた。ジェームズが何度かはくはくと口を動かしてやっと出た言葉が「これ、ミス・優等生?」である。指差してシリウスを見るのでリリーに失礼だと注意されていた。シリウスは黙っていて何も言わなかった。同じようにナマエもリリーに似合っていると褒めることはできたが、シリウスには何も言えないでいた。ジェームズもきちんとドレスローブを着こなしてさながら王子さまのようだった。彼はリリーの隣に立てたことが嬉しくて仕方ない様子だ。妙な間があって、ナマエはもう一度ゆっくりシリウスを見る。確かに美しい人種だった。どれだけ彼女が嫌っていようがその事実は否めない、今日の彼は気だるげなグレーの瞳を透かして、めいっぱい星のかけらを注ぎ込んだような色だった。優雅に垂れ下がった長い前髪は後ろに流されて束ねられている。まじまじと見つめても結局言葉に出来なかった。

「ナマエ、クリスマス・パーティーにも顔を出してくれる?」
「ウーン」
「ねえ大丈夫よ、きっと大丈夫だわ。あなたが言ってくれたじゃない!」

 食事会の間何度もリリーに助けられ、デザートを食べ終えた頃四人はテラスで涼んでいた。男子が飲み物を取りに行くと、さきほどまで蜂蜜酒を煽っていたリリーがほんのり赤らんだ顔でふにゃりと笑いながらそう言った。正直自分の話題よりもジェームズが送り狼にならないかのほうが心配である。歯切れの悪い返答をするナマエにリリーはずいっと詰め寄る。メンバーだったのかと驚く者、何年ぶりだろうと歓迎する初期からいる者など反応は多種多様だったが確かに初めてここへ来た時のような集中砲火には合わなかったし、緊張して上手く話せないような雰囲気になれば隣のリリーが素早く助け舟を出した。もうあの頃のようにテンパってしまうことはなくともナマエはやはり人前が得意ではない。あまり知られたくなかった一面を見てもシリウスとジェームズはからかってくることはなかったことに安堵する。どうだろう、大丈夫なのかな。ナマエは帰り際までずっと逡巡していた。

「廊下で寝るなよ、酔っ払い」
「ご忠告どうも」
「……ナマエ・ミョウジ」

 寮までの帰り道。シリウスはぶっきらぼうに声をかけた、ナマエはあの後蜂蜜酒を三杯飲んでシリウスに取り上げられてちょっと不機嫌だった。ジェームズがリリーを送っていくのでシリウスもナマエを送るとわざわざ西塔の階段を上がって来たのだ。別に一人で帰ると言いはったのだが、女の扱い方も分からないと思っているのかと怒られたので黙って一緒に歩いた。

「うん?」
「無愛想でお堅いし、いけ好かないと思ってたけど、なんて言うかさ」
「な、なに……?」

 そこまで言うかとナマエは苦笑いした。顎に手を添えて考え込むシリウスにたじろいで一歩下がる。

「不器用すぎるんだよ」

 そう言ってちょっと笑ったシリウスの瞳がやわらかいので、ナマエは何も言えなくなった。前なら絶対にわかったようなことを言うなと跳ね除けていたはずなのに、今はどうしてか自分を理解してくれたようで嬉しい。不思議だった。確かにわたしは胸が打ち震えるような、奇妙な感覚を味わっている。うれしい。酔いが覚める、ナマエは恥ずかしくって横髪を必死に抑えつけようとしたが、すぐに髪の毛をまとめていることを思い出した。じわじわと首元から耳の先まで赤面するナマエを見てシリウスはまた笑った。だから知られたくなかったのに。でも彼はナマエのことを理解してくれたのだ、行き場のなくなった手を持て余しながら、ナマエも諦めたように眉を下げて笑う。ちょっと誤解してたかも、そう思い直したのは十月三十一日の夜のことだった。

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