一年生の頃といえば、ナマエの人見知りは本当にひどいものだった。絵本の中でしか見たことないような不思議なことが自分の身に起きて、やれ入学だやれお前は魔女だと言われててんてこ舞い。何の変哲もない毎日は目まぐるしく変わり出した。「マグル」「魔法省」「ダイアゴン横丁」「ホグズミード」「ホグワーツ」知らない言葉ばかりだった。魔法学校でこれから先本当にやっていけるのか半べそをかいていたナマエだったが、学校に言われた通りリストを持ってダイアゴン横丁に来てみればそんな不安はすぐに消し飛ぶこととなる。ナマエに付き添った教職員の魔法使いがライム色の長いローブにお揃いの山高帽を被っていたのを見て、彼女は「マグル」の世界ではこれは目立つなと首を傾げた。

「ようこそ、ダイアゴン横丁へ」

 人の良さそうな笑みを浮かべて男は笑う。二人はアーチをくぐり抜ける。店のそばに積まれた大鍋やその上にぶら下がっている看板、箒の飾られたショーウィンドウにはナマエと同い年くらいの男の子たちが鼻をくっつけて覗き込んでいる。四方八方キョロキョロしながら横丁を歩いた。小鬼が働く銀行はお城のようだと思った。それを言うと男は「ホグワーツはもっと凄いところですよ」と笑って耳打ちした。ナマエは頭のてっぺんから爪先まで興奮に打ち震えるのが分かった。ガリオンやクヌートなど見慣れない単位が並んでいると思っていたが、魔法界の通貨であるらしくマグルの紙幣と換金できるのだと説明されなるほどよく出来ていると頷いた。なんでもありだ、ナマエは目が二つでは足りないと思った。普段着のローブや教科書、それと杖を揃えるため両親から渡された紙幣を換金するとナマエは魔法使いの男と一緒に「マダムマルキンの洋装店――普段着から式服まで」の看板がさがった店へと入って行く。

「お嬢ちゃんもホグワーツ?」

 マダム・マルキンは藤色ずくめの服を着た、愛想の良いずんぐりとした魔女だ。全部ここで揃いますからねと肩に手を置かれる。ナマエは緊張してされるがまま、黙って俯いていた。魔法界に不慣れな両親では分からないだろうから学校から付き添いを送ると言われた時も冷や汗をかいていたのだ。その魔法使いが入学前の生徒の扱いになれているのか、上手くしてくれたのでナマエはほっとしたが、初対面では自己紹介するのも一苦労だった。緊張すると耳まで赤くなるのが恥ずかしくて、いつも俯いて髪の毛を押さえつけるのが癖だった。

 フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店の本棚には天井までぎっちりと本が詰め込まれていた。思わず取り憑かれたようになるのを我慢してナマエはリストの必要なものだけを買った。いよいよリストも残すは杖のみとなり、オリバンダーの店を訪れる。みすぼらしい店だったが、書店と同じように天井近くまで積み上げられた箱の山を見上げていた。

「いらっしゃいませ、小さなお嬢さん」

 おずおずと前に進み出てまたされるがまま寸法を計られる。訳も分からないまま次から次へと杖を振らされ、漸く五本目で、確かにナマエは何かを掴んだような感覚を感じ取った。指先があたたかくなって、はっと目が覚めるような衝撃が駆け抜ける。これだ!とにかく本能でそう思った、それとほぼ同時にオリバンダー老人は「おお!」と叫んだ。

 ナマエはあの摩訶不思議な体験に驚いていて、それからのオリバンダー老人の杖の説明はあまり頭に入ってこなかった。二人でお礼を言って店を出ると既に太陽は低く沈み出していた。壁を抜けて、奇妙な荷物を抱えながら歩いていると地下鉄の乗客が唖然として何人も振り返った。あまりに場違いだ。そう思いながらパディントン駅で地下鉄を降り、エスカレーターで駅の構内へ出る。ナマエが電車に乗り込むのを手伝いながら、男は封筒を手渡した。

「ホグワーツ行きの切符です。九月一日キングズクロス駅発、全てここに書いてある。慣れない場所で疲れたと思いますから今日はゆっくり休むように」
「あ、あの、ありがとうございました!」
「……はい、それではナマエ。またホグワーツで会いましょう」

 ドアが閉まる。ゆっくりと動き出す電車に揺られながら、ナマエは姿が見えなくなるまで見送ろうとした。しかし次の瞬間には男の姿は消えていた。


「ええっと、あ、ええ、その……」

 九月一日。一ヶ月はあっという間に過ぎ、すぐに切符に書かれた日付になった。キングズ・クロス駅へ来たはいいが九と四分の三番線なんてある訳もなく、両親と駅構内で右往左往していたところ偶然通りかかった魔法族の一家が丁寧に教えてくれたおかげでなんとか事なきを得たナマエであったが、空いていたコンパートメントの女の子たちの質問攻めにさっそくメソメソしていた。

「ねえねえ、あなたなんて名前? わたし、キャシーって言うの。お兄ちゃんは四年生よ」
「ナマエ・ミョウジ……そうなの……」
「わたしの家族はみーんな代々スリザリンだったわ」
「……アー、そう」
「組み分けが楽しみね! あなたはどこの寮に入るつもり?」
「ウーン」

 ナマエはダラダラ汗をかきながらもっとちゃんとした受け答えが出来ればいいのにと思った。

「マグダ、あんたのローブが一つウチのに混じってたよ」
「着替えようと思ったら一着足りなくて探してたの、助かったわ!」
「あら、ここ人がいっぱい。わたしたちのコンパートメントが丁度一人分空いているから誰か来ない?」

 急にコンパートメントの扉が空いたかと思えばちょっとツンとした顔立ちの女の子たちが押し寄せてくる。どうやらここに居合わせた子の友だちらしい、もう新調のローブに着替えた女の子がそう言って目の前の子にローブを差し出していた。それを見ていると、隣に立っていた色白の女の子が辺りを見回してそう言った。正直助かった、ナマエは一番ドアの近くにいたし、飛びつくように願い出た。それが後のルームメイトたちとなる。





 ナマエは今日のお昼の会話を思い出しながら、懐かしくなって一年生の頃没頭して読み漁っていた魔法界の童話を、図書室で一人黙々と読んでいた。入学当時は逃げるようにしてここへ来ては呪文集を読んだり童話を読んだり、ホグワーツの歴史を読んだりしていた。この本は読んだことがあるっけ、と上段の本棚に手を伸ばした時だった。誰かが横着をしたせいで積み重ねられていた本棚から分厚い本が次々とナマエに襲いかかる。咄嗟に受身を取るのが精一杯で、しりもちをついたまま硬い本のシャワーを浴びた。片手で塞ぎながら顔への直撃は免れたが如何せん身体中が痛む。降り注いだ嵐に巻き込まれてナマエは本の山から手足だけを突き出すというバカげた格好をしていた。

「何の音だ?」
「本が崩れたみたい……ウワー!」

 誰かの訝しげな声に並んで飛び上がる気配を感じた。確かに雪崩の山から手足だけ突き出た人間がいたら叫びたくもなるだろう。一冊二冊と本を退かしながら、ナマエはとりあえず起こしてくれと知らない誰かに手を伸ばす。

「変なやつだなあ」

 開けた視界に写ったジェームズが眉根を寄せる。手を引いたのは彼だった。

「叫ぶなりなんなりしないと誰も気づかないって分からないのか?」
「だってここは私語禁止……」
「ほんとその脳ミソに何が詰まってるか知りたいよ、トロールじゃあるまいし」
「そりゃどうも」

 なんだなんだと顔を覗かせたのはシリウスとリーマスだった。みんなナマエの言葉に目を丸くしている。これだからレイブンクローはと言いたげな表情だった。首を傾げるジェームズに一瞥を投げるとナマエは思い出したように口を開く。「来週夕方に西塔の階段で待ち合わせ」それだけ伝えると借りた本を抱えて寮に戻った。

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