驚愕。それも大打撃である。ぱちぱち、思わず何度かまたたいた。まさかそんなと喉から言葉がこぼれ落ちそうになる。が、他人事だからか間はあったものの案外すんなりとそれを受け入れるわたしの脳は高速で回転し、情報処理を始めた。おまけに勝手に口が動いて「とりあえず、どうしてそうなったか経緯を教えてくれない?」などと淡々と口にしている。けれども顔の端はひくひくと奇妙に引きつっているのが自分でも分かる。頭と体がちぐはぐなまま、こんな時にも役に立つ脳みそだけがひとり歩きをする。違う違う、今はそんなことに頭を使うときでは無い。そう言い聞かせてみたがダメだった。わたしの頭は短時間のうちにありとあらゆる仮説を立て始めている。こういう時わたしは意識のどこか遠くで、ぼんやりと薄情でうすっぺらな人間なのかな、と考えることがある。

「……」

 そういうこともあるよね。仕方ないよ。困ったことにこればかりは咄嗟にフォローの言葉が出てこない。ナマエは実際にそれを見たわけではない(というか嵐の如く去っていってしまい、どうすることも出来なかった)のであの後まさかそんなことになっていたとは予想もできなかった。慌てて実はパートナーにシリウスを選んだのだと手短に経緯を伝えるとリリーは驚いていた。が、意外とやるのねとナマエの報復におかしそうに笑っていた。

 聞くところによると、リリーがジェームズとパーティーに行かなくてはならない経緯に至ったのはふたりの口論がきっかけとなったらしい。いつものようにリリーが激昂してジェームズが何故怒らせたのか理解しないまましょんぼりと不貞腐れるところまでは、まあ、よくはないがこの際よかったということにしておこう。というかいつもそんな喧嘩をしているのか、喧嘩するほどなんとやらという東洋のことわざがふと頭をよぎる。一々リリーが突っかかっているとは思えないのでナマエは何となく口論に発展する時は無視してきた分の怒りが募りに募って爆発した時なのだろうと解釈した。運悪くその怒りが抑えきれなく無視すればいいものを、思わず反撃して口論に発展したところで寛大な心の持ち主であるリリーもいよいよ杖を抜いたという。いくら相手がジェームズであっても、もちろん怪我を負わせるつもりは無かった。お互い冷静になるため、それだけ。ナマエもきっとそうしたろう。嫌悪している相手であっても同じ寮の生徒であり仲間である。そもそも仲間内での揉め事や喧嘩はグリフィンドールに限った話ではないが、御法度だ。特に彼女らの寮はその特色が強い傾向が見られるため、きちんと弁えているはずだった。ジェームズだってリリーにそんな意思がないことは分かっていた、だから、同じようにジェームズも杖を抜いた。やや間があって、お互いが冷静になる。事件が起きたのはその直後だった。

「何をしているのです!!」

 聞いたことがないほどの怒りと驚きを含んだその声に、一斉に振り返る。向こうの階段からかつかつと靴音を響かせて降りてきたのはグリフィンドールの寮監のマクゴナガル先生だった。そこまで聞いてナマエはこの話の行く末がはっきりと見えた。なるほど、もう彼女の話を聞かなくとも大体の予想がつく。それはほんとうに運が悪いというか、間が悪いというか。なんとも言えないまま黙って続きを促す。マクゴナガル先生は一瞬たじろいだものの、すぐに持ち直して威厳たっぷりにふたりに処罰を下すと、すこしだけ柔らかい声で「何があったのですか」と問いかけたらしい。咎めるような表情でいるけれど、そうではない、心配するような声。それを聞いてわたしはやっぱりと思ったけれど特に何も言わなかった。

「……全く、なんて情けない……優秀な貴方たちがそんなことで口論するなんて……他の先生方が聞いて呆れますよ」

 こめかみを抑えて呻くマクゴナガル先生に心底申し訳なさそうに謝るリリーも、その横でバカ正直に「先生、でもこれは僕たちのこれからに関わる大切なことなんです」と阿呆なことを言うジェームズも想像するに容易かった。

「けれど罰則は罰則です。もちろん、減点もです。私情を挟んで皆に迷惑をかけたことを恥じ、反省なさい。スラグホーン先生のパーティーに行かせないとは言いません。ただ、ひとつ条件があります」

 その言葉を聞いた瞬間の彼女の絶望は計り知れない、そしてまたジェームズの歓喜も計り知れないものだった。リリーにとってはどんな罰則よりも、先生の信用を失うよりも辛かったことだろうと思う。先生も鬼だな。ゆっくりと先生の口が開かれる様子がまぶたの裏に思い浮かぶ。

『貴方たちがパートナーとして参加するのです』

 と、言うわけである。あんまりだわと嘆くリリーの肩に手を置いた。

「そんなに気を落とさないで。……ううんと、そうだ、いいこと教えてあげる」
「いいこと?」

 自分が招いた結果であることにもどかしさを感じているのか、感情の行き場がないリリーの曇った顔がすこし晴れる。ぱ、と顔を上げて不思議そうにナマエを見つめた。

「そう! 元気が出ない時は楽しいことを考えて」
「パーティーの夜の?」
「おいしいディナーをおなかいっぱい食べるでしょう、そしたら最後にデザートの糖蜜パイやヌガーなんかも食べて……」
「ハロウィーンのかぼちゃの装飾もね。わたし、毎年キャンドルやコウモリが飛んでいるのを見るのが好きだわ」
「ほら、ね。楽しみになってきた」

 鈴を転がしたようなころころとした笑い声が中庭に木霊する。そんなこと考えたこと無かったと心底おかしそうに笑うリリーにつられてナマエも笑った。しばらくして笑いが収まった頃、授業の予鈴が鳴ってふたりは慌てて飛び上がる。大急ぎでお互いの授業の教室を目指して反対方向に駆けだした。「あなたのおかげで気が晴れたわ!」背中にかけられた言葉に振り返って手を上げた。しかしこれで全くジェームズの思い通りになってしまった訳である、偶然とはいえ都合のいい話だ。

「ナマエって最近グリフィンドールに引っ張りだこ」

 今日の最後の授業が始まった頃、あくびをしながら友人がぼやいた。丁度教室に滑り込んだところで、肩で息をしながらナマエはゼイゼイ言って空けておいてくれた席につく。

「ギリギリよ、間に合ってよかったわね!」
「あら、噂をすれば。どうだった?」

 鞄を漁って教科書をやっと開いたところでナマエは息を整えながら何とか答える。確かにそれは間違ってないかも、新学期がはじまってから急に他寮の人間との関わりが増えたように思う。別に悪いことではないのでナマエは特に気にしていないが、友人たちは度々「忙しそうねえ」と呑気にしていた。

「思い返せばクラブが全ての元凶な気がするんだけど……」
「あはは、確かに!」
「でもいいんじゃない? 最初の頃に比べてナマエもよく喋るし。一年生の時なんて……」

 わっと慌てて彼女を口を抑える。一年生の時の話はやめてほしい、彼女たちはくすくす思い出しては笑う。ナマエはもうあの頃のようにひどい人見知りをするわけではないのに。思わず憤慨して頬を膨らませた。

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