変身術のクラスでは基本的に(ほんとうは全ての授業がそうだけれど)「私語禁止」である。そのはずだが、これはどういうことだろう。ナマエの前では慎ましやかに会話のキャッチボールが平然と、ごく自然な様子で行われている。友人らの顔は厳粛そのもので、いかにも「授業に集中しています」と言いたげである。これにはナマエも舌を巻いた。グリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生の目を上手く盗んでは何やら作戦会議をしているらしい。付き合いも六年目になれば別段驚くこともないのだが、それにしたって彼女たちはおしゃべりが上手い。ナマエはこういうところで不器用だった。なにせマクゴナガルは授業中鋭い目付きでクラスを見回し、監視するので生徒たちは全くおしゃべりができない。けれど先生の授業は簡潔でスムーズに進み、分かりやすかったのでナマエは変身術が好きだった。

 マクゴナガルは厳しい先生だがあからさまな態度で個人を特別贔屓することもないので大半の生徒が尊敬している。クィディッチに関してはどの教職員よりも力を入れているらしい、尊敬という部分に関してナマエも例外ではない。授業後に出される大量のレポートについては話がまた別だが。どの先生方も多少は自分の寮の生徒に甘い、先述したように贔屓があまり見られないマクゴナガルでさえも我が子のように大切なグリフィンドールの生徒たちは可愛いのだろうと思う。自分が受け持つ生徒を誇らしげに思うことは素晴らしいことだ。しかしナマエにとってそれはどうしても悔しかった。別のクラスでは、とマクゴナガルが誇らしげに話す時は要注意だ。呪文に中々進歩の見られないクラスの現状に先生は告げる。

「いいですか、皆さんに初めに言っておきますが、この程度の呪文が出来ないのは大問題です。NEWT、つまりイモリ試験では更に高度な出現呪文があるのですよ」

 痛いところを突かれた、少なくともレイブンクローの全員がそう思ったはずだ。ハッフルパフとの合同である変身術のクラスはそれまで、レイブンクローが知ったかぶりな発言をしてハッフルパフの気分を害したりとトラブルが起きたことがあったものの、それなりに折り合いがついていた。血の気の多い人間が少なく基本的に穏やかで平和主義な人間が集うお互いの寮の仲は悪くは無い。しかし、マクゴナガルの言葉がクラスに響き渡った次には生徒同士の間にぴりっとした空気が走った。真面目で勤勉な者が多いからこその緊張感にナマエも漸くスイッチが入る。きっとできる、予習も復習もしているから。杖を構えてさっと振る、ヒキガエルは消え、また杖を振ると形を留めたままヒキガエルが現れた。

「お見事、ミス・ミョウジ! レイブンクローに二十点」
「上手くいかないわ。頭と体が別々になっちゃう」
「わたしなんて消えもしない!」

 変身術が苦手な友人は隣で悲痛な声を上げる。何度か呪文を試してコツを掴んだナマエは彼女に杖の振り方を教える。授業が終わり間近になって彼女たちは次々呪文に成功した。器量の良さと飲み込みの早さは流石レイブンクローといったところか。

「今日はこのクラスから五人の成功者が出ました。まだ成功できていない者はよく復習しておくように」

 チャイムが鳴っていつものごとく、どっさりレポートを出してマクゴナガルが去っていくと片付けをはじめた生徒たちが今日の授業がいかに難しかったかを口々に話し出す。まだ新学期がはじまって数日しかたってないのにと各寮からは不平不満が飛び交った。ハッフルパフの誰かがグリフィンドールは三人も成功した人が出たってと落胆して呟くのを聞き逃さなかったナマエは思わず振り返る。誰だか一瞬で予想がついた。今日の授業ではレイブンクローから三人、ハッフルパフから二人だった。

「お昼、食べればよかったなあ」

 ナマエがそう嘆くと中々昼食を取りに来ないことを心配した友人がバッグにパンと果物を入れて持って来てくれたらしい。休み時間のうちに食べるといいと言われ、持つべきものは友だと強く思った。中庭のベンチに腰掛けてパンを食べる。咀嚼しているうちに昼間のことを思い出して友人らに愚痴を零した。グリフィンドールの連中が廊下で屯っていたせいで渋滞は余計に酷くなったしわたしはその渦中に巻き込まれて最悪だった、今度見つけたら減点してやる。まあ落ち着きなさいよとなだめられ、ちょっと不機嫌になりながらまたパンを食べる。しかし同時にシリウス・ブラックを言い負かしてやったことを思い出して心が晴れ晴れした。急に勝ち誇った表情をするナマエを見て友人たちはぎょっとしていた。

 渡り廊下の向こうからグリフィンドールの女子グループが歩いてくるのが見えると、その中からとびきり目立つ少女が出てくるのが分かった。リリーだった。小さな点ほどだった彼女は次第にナマエへ向かって近付く。

「ハイ、ナマエ」

 困ったような笑顔で手をあげる。ナマエも挨拶を返すと、グループの中から抜け出して移動した。話があるから先に行ってと申し訳なく思いながら合図を送ると、彼女たちは黙って頷く。物分りが良くて助かる。一度だけ振り返って「先に行ってる」とまた歩き出した。

 彼女たちはレイブンクローの群れに飛び込んできたグリフィンドールのリリーが来ても嫌な顔ひとつしない。似たもの同士集められたここでは寮生がグループに固まって移動するのが基本なので、他寮の生徒がたった一人というのは本来なら妙な雰囲気が流れ始めるところである。例えばスリザリンなら相手によっては態度を変える、グリフィンドールならちょっと驚いたような顔をするだろう。いやどうだろうか、彼らは意外と懐に入れた者たちは受け入れるが異物に対してはやや警戒的な気がする……ハッフルパフなら朗らかに歓迎する、レイブンクローは歓迎もしなければ拒絶もしない。おやこんにちは、ととりあえずは挨拶をするだろう。リリーと特別仲が良いわけではないが他寮の生徒だから、グリフィンドールだからと偏見を持つ生徒のように(たまに一部にいるのだ)接触を意図的に回避することはもちろんしない。他の寮生について個人的に思う部分は少なからずあるにしろ、リリー・エバンズが謙虚で真っ直ぐで、聡明であることを良く理解している。

 友人たちはどうか。はっきり言って彼女に関して情報不足といったところだ。色恋沙汰となればジェームズ・ポッターが死ぬほど熱を上げているという話と共に必ず引き合いに出されるので別だが、基本的に人づてに聞いたことしか知らないので話題になったりならなかったりだ。とにかくちょっと男の子と笑いながら雑談していれば目の敵にして睨めつけたり、廊下で鉢合わせた時こちらが黙って道を譲ると、上に立った気分になっていい気になったりするそこら辺の頭の悪い女の子たちとは違うのだ。悪いけれど、賢くて冷静なレイブンクロー生はめんどうないざこざを上手く回避する術を知っている。常に当たり障りのない発言、喧嘩がないわけじゃないけど、他の子たちがしょっちゅう揉めているのを聞くとバカみたいだと思う。気が短くて頭が回らない人間ほどすぐいざこざを起こす。

 リリーにはいい顔をしていたけれど、わたしを見て表情が曇ったグリフィンドールの彼女をちらりと盗み見ながら目の前のリリーに視線を戻す。ナマエがぐるぐると他のことを思案している間に彼女はようやっと本題に踏み切る覚悟ができたらしかった。深呼吸、ひとつ。

「ポッターとパーティーに行かなくちゃいけないわ!」

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