元来大人しい性格であるナマエは外で元気に駆け回るより室内で童話を読んだり人形遊びをすることを好む子供だった。やや内気ではあったが、打ち解ければよく笑いよく喋る。絵を描いたりファンダジックな空想の物語を考えたりしていた。母と父はそんなナマエにいつも付き合ってくれたし、お気に入りの童話を毎晩ナマエが寝付くまでずっと読んでくれた。そんなナマエにホグワーツの入学許可証が届いた時、おとぎ話ばかり読んでいたせいか、真っ先に浮かんだのはかぼちゃを馬車に変えてくれるフェアリーゴッドマザーや相棒の妖精と共に自由に空を飛び回る男の子だった。もちろん、魔法というものは本で読むように都合のいいものばかりではなかったが、十一歳の少女を虜にするにはじゅうぶんだった。魔法界も世知辛く、自分のような人間はまれに一部の魔法族に非難されることがあると知っても、最初こそ苦労したものの簡単にはへこたれなかった。血統を重んじる魔法族の伝統や考えに軽いカルチャーショックのようなものを受けた記憶はある。杖を持って呪文を唱えて箒を扱う。夢のような世界を、構成されている全てのことを、もっと知りたいと魔法界にのめり込んでいった。興味があることについて勉強することは全く苦ではなかった。だから四つの寮のうちのひとつ、レイブンクローに選ばれたことも当然といえば当然だった。

「おめでとう、君は素晴らしい魔女だ」
「先生、わたし首席でも次席でもありません」
「けれど好成績だった! レイブンクローの寮監として誇りに思うよ」

 別に首席を取ろうと思っていたわけではない、そもそも首席だなんて自分が取れるわけないと思っていた。問題はそこじゃなかった。ろくに勉強もしていない人間にあっさりと全てを覆されたことが、まるでナマエたちの努力は無駄だと嘲笑われたようで悔しかったのだ。彼らの頭が足りないとは言わない、実力は知っていた。けれど高慢な、人を見下したようなその態度は違うだろうと言いたくなる。知性、機知、知恵を特徴とする誇りあるレイブンクローに所属する生徒の大半は大変勉学に意欲的であり、ナマエに言わせてみればクィディッチでは負けても試験で他寮に負けることはこれまでにない屈辱だった。魔法族出身が多いナマエの友人たちには何度言っても理解してもらえないが、マグルの学校で受ける退屈でつまらない授業に比べてホグワーツの魔法を学ぶ授業はほんとうに楽しかった。一度マグルの学校の授業を受けてみるべきだとナマエは本気で考えることがある。

「そんなに? みんなが言うほどじゃないと思うけどな……」

 苦虫を噛み潰したような顔をするナマエに試験の結果と彼らのことは別だという彼女たちは笑う。悔しくないのかと聞けばそれはもちろん悔しいらしいが、やっぱりそれとこれとは別らしい。違いがよくわからない。個人的な対抗心とは別に、ナマエはどうしても彼らを好きになることができなかった。

「それはナマエが勝手にそう思ってるだけでしょ?」
「うーん、否定できない」
「人気者で学校中の注目の的!」
「それにシリウスってばハンサム!」
「型破りな所がかっこいい!」
「そうそう」

 授業がはじまるチャイムが鳴るのと同時に彼女たちのシリウス・ブラックについての議論も熱を増す。魔法動物飼育学の時間は常にみんながおしゃべりをしているので周りはざわざわとしていて先生も一々生徒たちを注意しなかった。その日の夜、レイブンクローの談話室でみんながレポートをやっている時も彼の名前はちらほらあがった。お昼の延長のような会話で、今年は一年生に美少年がいたとか、美形といったらやっぱりシリウス・ブラックだとかそんな内容だったと思う。みんなのように器用に別のことを話しながらレポートをやっていては必ず手が止まってしまうナマエはたまに口を挟んだりしてみんなの話を聞いていた。

「ここ、分からないわ」
「どこ?」
「ほら教科書には載ってないじゃない、クサカゲロウとヒル、どっちが正しいっけ?」
「げえ……まだ三十センチも長さが足りない……」

 翌朝、思いのほか時間を取られてしまった朝食の後にスラグホーンの部屋へ立ち寄った。昨夜のレポートについて気になった箇所が友人と話し合ってみてもそれらしい答えが出なかったのだ。ならば聞きに行くのが妥当だろうと提案され「お気に入りだから」という理由でナマエが代表として部屋を訪れることになった。できればあまり教授とは授業以外で顔を合わせたくはないとは思ったものの、基本的に何事も頼まれれば受け入れてしまうナマエは了承した。

「ちょうど良かった。君がわざわざここまで足を運んでくれるなんて! レポートはそこに置いて、せっかくだから、面白いものを見せてあげよう」

 来訪者に気が付くとスラグホーンは人の良さそうな笑みを浮かべる。「質問があるんですけど、いいですか?」ナマエのお願いをスラグホーンは快諾した。レポートは後回しにされたが別に構わなかった。談話室では授業の空き時間にできた暇を持て余している友人たちが噂話で盛り上がっている頃だろうか。スラグホーンはチッチッチッと膨れた指を振ると、胸ポケットから小さな瓶を取り出す。それに入っている液体は無色透明。これと言った特徴が無いが、魔法薬というのは大体独特な色や匂いをしているものである。何も特徴がないということは裏を返せば大きなヒントだった。

「流石、ミス・ミョウジ! レイブンクローに五点あげよう」

 先生は人差し指をくちびるに当ててウィンクをする。真実薬、それはたった三滴ほどでその人物が持っている秘密を全て話させる事が出来る一種の自白薬。興味深い、非常に興味深いけれど、先人たちは恐ろしい薬を発明したものだ。以前何かの本で読んだことがあった。スラグ・クラブのことはさておきスラグホーン教授の時折面白い魔法薬を見せてくれたりするエンターテインメントに富んだ所をナマエは気に入っていた。一通り質問を終えて満足のいく答えを得ると来月は頼むよと肩を叩かれる。今回ばかりは一筋縄ではいかないみたいだ。困ったことになった。

「やあ」
「そう、そこの人」

 教室を後にし、談話室へと向かう廊下を歩いていると後ろから声をかけられる。おそらく知らないのだろうが、名前を呼ばれなかったので反応に遅れてしばらく辺りをきょろきょろと見渡した。まあホグワーツじゃ生徒が溢れかえっているしローブもコウモリみたいに真っ黒なんだから区別も出来やしないか。六年生になっても見分けがつかずに他寮の生徒に声をかけてしまうことだってしばしばある。しかしなんて失礼な呼び止め方なのだろう。噂をすればなんとやら。女子生徒が熱を上げているシリウス・ブラックだった。隣にいる彼も確かグリフィンドールだった気がする。わたしを観察するようにまじまじと見ていた。

「なに?」
「伝言。エルザにはもう会わないって」
「別にいいけど」
「知ってるだろ、そいつのこと」
「知ってる。けどなんで……」

 なんでわたしが、と言いかけた時には既にシリウスはその場から立ち去ろうとしていた。わたし便利なフクロウじゃないけど。隣の彼が申し訳なさそうな表情でナマエを振り返る。スタスタと歩き出して面倒くさそうに横目で姿を捉えると吐き捨てるように言った。

「そこにいたからだよ、他に理由ないだろ」

/

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -