大広間でおなかいっぱい食べた後の授業はいつでも眠かった。夏休み気分が未だ抜けないナマエはうつらうつらとしながら机の上に散らばった魔法薬学の材料を片付ける。漸くチャイムが鳴った。そんな午後の一発目の魔法薬学の授業が終わる頃、まるで一足先にクリスマスプレゼントを運んで来たサンタクロースのような笑顔でスラグホーン教授は立ち止まる。彼がサンタクロースであるならナマエはプレゼントに喜ぶ子供といったところだろうか。こんなプレゼントはいらなかった。だってその手に何が握られているか知っている、たかが紙切れ、されど紙切れ。ナマエ・ミョウジはこの手の誘いが大変苦手だった。

「ミス・ミョウジ、今度こそ顔を出しておくれ。みんなが君に会いたがっているんだ」
「ええ、もちろんです先生。今まで何度も誘って下さったのに予定が合わなくて……」
「いや、いや、気にするな。来月パーティーで会えることを楽しみにしているよ」

 節くれだったおおきな手で何度かナマエの肩を叩くとスラグホーンは朗らかに笑って魔法薬学の教室を出て行った。実は、スラグ・クラブという教授のお気に入りが集められたパーティーが定期的に開かれている。しかし、ナマエは今までろくにそのパーティーに出席したことが無かった。残念ながら交友関係は広いほうではない。四年生の時、はじめてメンバーに誘われて一度だけパーティーに参加したことがあった、今ではあまり思い出したくない記憶だ。あれはまるで異国の地に放り込まれたような気分だった。

 彼は一枚上手だ。あれ以来めっきり来ない生徒にどうしてそこまでして執着するのかは分からない。授業が終わるとさっさと部屋を出ていくナマエはいつも友人伝いで招待状が渡される、不定期開催のためもうそろそろだとは思っていたがこんなに早く招待状が来るとは思っていなかった。新学期ということもあり、すっかりスラグ・クラブのことを忘れていた。迂闊だった。用意周到である。やってくれたなと机に突っ伏し項垂れていると、荷物をまとめた友人の各々が早く行かないと間に合わないと呼びかけた。落ち込んでいるナマエとは裏腹に握られた紙切れを見た途端、彼女たちは嬉々とした声を上げる。

「やっと行く気になった?」

 無言で頭を振る。ばしっと背中を叩かれた。いたい。皆はせっかくのチャンスなのにと残念がるけれどわたしは行きたくない。悲しいことだが、第一ナマエにはダンスパーティーに誘えるような間柄の相手がいなかった。

「先生も躍起になってる」
「なんでそこまでして来て欲しいんだろう……」
「パートナーはもう決めた?」
「問題はそこよ、どうするつもり? うちにはお堅いのしかいないわ」

 あごに手を添えて真剣に考え込む様子を見て眉根を寄せる。誰を誘うかなんて冗談じゃない。勝手に話を進めてもらっては困る、パーティーに行くなんて言っていないのに。それに一度だけ参加したスラグ・クラブの食事会でのことは先述したようにあまり思い出したくない、他人事のように無視を決め込む。

「聞いてる?」
「関係ないもん、パーティーには行かない」
「ええ! どうして?」
「そもそも行く相手がいないし」
「見つければいいでしょう」
「そんな簡単に言わないでよ」

 ため息を吐き出す。友人は呆れ返って言葉も出ない様子だった。なんでそう頑ななのよと責めるような口ぶりに黙りこくって床に視線を落とす。だって行きたくないものは行きたくない、ナマエは観念してちいさな声で打ち明ける。しょうもないって笑うかもしれないけどねと前置きしてからぽつりとつぶやくと頬が紅潮するのが自分でも分かった。

「覚えてる? わたしがはじめて食事会に参加した時のこと」

 きっとナマエは死ぬ間際になってもあの日のことを忘れないだろう。当時スラグ・クラブにマグル出身の魔女がナマエだけだったということで珍しがられ、よく知りもしない同級生や上級生の注目の的になった。別にマグル生まれが珍しいわけではない、ホグワーツにはナマエと同じような生徒が五万といるにも関わらず、集められたクラブのメンバーにたまたまナマエがいて、更にその中で唯一のマグル出身だったから他愛ない世間話から一転し、集中砲火にあった。それだけに留まらずスラグホーン教授が大声で、大袈裟にナマエ・ミョウジについてべらべらと喋ってくれたおかげで食事中も皆の目が不思議そうにじろじろ向けられていたのが恐ろしかったことをよく覚えている。悪意はなくただの好奇心だったのかもしれないが、マグルの生活について質問攻めにあったのは不慣れな場所で、たくさんの上級生に囲まれていた十四のナマエにとって今までにない緊張だった。どう思われているのか気になって仕方がなかった。耳まで赤くして震える手でフォークとナイフを持つナマエは惨めな気分で終始泣きべそをかいていた。あれは軽くトラウマになっている。

「まだ気にしてたの? 大丈夫よ、そんな昔のこと」
「そうそう。それに今はほとんど同い年しかいないしね!」
「うん。でもやっぱり、苦手」

 なんでもないように肩をすくめる。ほんとうはどきどきしていた。多分、ホグワーツに入ってナマエがすこしだけ特殊な位置付けになってから、これは悪化したような気もする。以前に増して他人の目が気になるようになってしまった。みんなは気にすることはないって言ってくれるけど、マグル生まれじゃない魔法族の子たちに分かることってなんだろう。鍋底をかき混ぜる速度でゆっくり考える。

「レイブンクローは真面目でユーモアの欠片もないわね」
「男もつまらないし」
「ねえ、ご自分がどこの寮に所属しているかお分かり?」
「だってほんとうのことじゃない!」

 知らない間に話題は次へと移っていた。色恋沙汰となると途端におしゃべりになる彼女たちに呆れつつもまあ確かにその通りだと思う。そこに自身も分類されることは重々承知している。

「あーあ、レイブンクローにもユーモアがあってハンサムで素敵な人がいればいいのに」
「例えば?」
「悪戯仕掛け人!」
「ふふ、それって最高!」

 ナマエは女の子特有のふわふわした空気があまり得意ではない。彼女たちのくすくす笑いをむずがゆい思いで聞きながら秋風が吹き抜ける城の廊下を早足で歩く。悪戯仕掛け人、このホグワーツの中で最も苦手な部類に入る人間だった。彼らのユーモアセンスは全くといっていいほど理解できない、行き過ぎた悪戯で生徒に怪我を負わせたこともあったのに、みんなそれには知らんぷりだ。特定の生徒を標的にしているのも気に食わない、ナマエとはことごとく相容れない。

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