思えばナマエ・ミョウジという女子生徒がどうしてかいけ好かず、気に食わなかった。勤勉で品行方正な模範生。レイブンクローの人間らしいと言えばそうではあるがリリー・エバンズ曰く『頭が良くてやさしい素敵な女の子』である彼女は稀に見る無愛想な女であった。あまりに可愛げの無い態度だと鼻を鳴らしたことはまだ記憶に新しい。勉強に必死になっていることは知っていた。けれど、その程度の情報しか有してはいなかった。それまで試験の度にジェームズとシリウスの次に彼女の名前を聞くことも珍しくはなかったはずなのに、つい最近まで名前さえもうろ覚えだったのだ。頭脳明晰、家柄も良く容姿端麗で悪戯好き。同じように悪戯好きな親友の真似では無いが、常に自分たちがトップなのでそれより下の人間の名前なんて興味が無い。自慢じゃないけどほとんど全て、何においても一番だ。負け犬の遠吠えなんて聞こえない。言ってしまえばなんの面白みもない試験なんかクソ喰らえだったし、分かりきった結果なんて心底興味が無かった。授業の内容などとうに理解しているし周りに興味をそそるものもない、ということをそのまま曝け出して退屈そうにしていたシリウスは、しかしジェームズたちと悪巧みをしている時だけは年相応に楽しそうな顔をしていた。光のない、淀んだ瞳に射し込んだ、確かにきらめくものがあった。就学前にみっちり叩き込まれたであろう基盤の盤石や生まれ持った天賦の才、戦闘における圧倒的なセンスで普通の人間になら障害になる事態が起きてもシリウスは難なく乗り越えられた。同じように才能を持った親友となら、なんだってできた。

 だからかもしれない。非凡なごく普通の生徒が地を這うように一心に、自分たちが腰を据える玉座を目指して登ってくるのを愚かだと感じたのは。少なくともシリウスにはそう見えた。何かに一生懸命な人間というのは愚鈍だ。油まみれの鼻を羊皮紙にこすりつけて羽ペンを走らせるスニベルスなんて、滑稽もいいところだ。あれはいつ見ても腹がよじれるほど笑える。そうやって残忍な気持ちに支配される度、血は争えないなと思う。しかしそんな彼女に対する見下しきった気持ちも、つい最近の出来事で百八十度傾くことになる。西塔へ続く渡り廊下で偶然すれ違った女子生徒がナマエ・ミョウジだということをその時のシリウスは知らなかった、ホグワーツの生徒は基本的に真っ黒なローブを一枚まとっているだけで大抵自分と同じ寮生ではない限り他の生徒の見分けがつかない。ネクタイや各寮の色分けされて識別できるものもないから、たまたまその寮の近くにいた生徒に声をかけたらあちらは通りかかっただけで全く違う寮生だ、ということも頻繁にある。用があって西塔の近くまで来たのだから会いに行っても良かったのだが、如何せんヒステリー状態の女と話すのはめんどうだ。どうしようかと考えあぐねていたシリウスはそこで一か八かナマエに声をかけてみた。そしたらビンゴだったと言う訳である。

 基本的に来る者拒まず去るもの追わずなスタイルのシリウスは今回も恋人と長くは続かなかった。自身の容姿が結構、それもかなり整っているという点については悪いけれど自覚がある。あれだけ幼い頃からハンサムだなんだとちやほやされていればこうなるのも当然だった。立っているだけで言い寄ってくる女子生徒は五万といる、また次がいるからとさっさと別れを告げようと恋人を探すが見つからず、リーマスには怖い顔で咎められたが気にせず伝言を頼んだ。わざわざフクロウを送る気にはならなかった。シリウスは女という生き物がどれどけ恐ろしいものかよく知っていた。フクロウなんて送ろうものなら吼えメールとか怒りと呪いの詰まった手紙が届くし、ゆっくり話し合おうものなら泣きつかれて死んでやると脅されるか、平手打ちを喰らうかのどちらかに決まってる。逃げるが勝ちとはよく言ったものだなと思う。今までろくな別れ方をしたことがない。去年付き合っていたグリフィンドールの彼女には別れ話を持ちかけた際「別れるなら湖に身を投げて死んでやる!」と物凄い形相で告げられたことがある。あれは恐ろしかった、あの件に関しては悪戯仕掛け人の中でも長く議論されたが結局はどっちつかずだった。

「……別にいいけど」

 困惑の色を浮かべたものの聞き分けは良く、彼女は訝しげに眉根を寄せながらも了承する。

「いつか刺されても知らないからね」
「ご心配なく」

 白い目を向けるリーマスにおどけてみせる。大袈裟なため息だけが返ってくる。別にこれでいい、女が言い寄ってくることには満更でもないシリウスは告白されれば二つ返事でオーケーする。理由はなんであれ他人に好意を寄せられることは嫌ではなかった。

「というか、彼女に頼んでよかったの」
「知り合いか? そういえば監督生バッジが付いてた」
「知ってるでしょ。ナマエ・ミョウジ、レイブンクローの優等生さ」

 冗談だろと言いたげにリーマスが肩をすくめる。その時はじめてナマエのことを正確に認識したように思う。名前を聞いてもいまいちピンと来ず何度か反芻して漸く思い出した。やっと顔と名前が一致する。

「まさかあんなことになるなんて!」
「ああ、悪かったよ」
「信じられない! 悪いと思ってない人が言う言葉だよ!」

 不満爆発といった様子のナマエは明らかに怒っていた。よく口が回るなと呑気にしているとその態度が余計彼女の神経を逆なでしたらしく、さらに怒らせてしまう。生意気にものを言われても不思議と腹は立たなかった。彼女に牙を向いていたはずなのにすっかり毒気が抜けていく。バカ正直にありのままを伝えたのだと思うとおかしくって涙が出た。挙句、平手打ちをお見舞いされるだなんて間抜けにもほどがある。この後まさかの反撃を受けるとは思ってもみなかったが。

「パッドフット、気味が悪いよ……」
「どこが?」
「機嫌が悪くなったと思ったら急にご機嫌になったりするところが」







「で、僕はエバンズに……ねえ聞いてる?」
「もちろん」

 ぱちん。無遠慮に踏み込んでくるジェームズの声によってシリウスの回想は途切れる。うわの空だったことを悟らせないような平静さで嘘をついた。リーマスの非難がましい一瞥にも知らんぷりだ。ピーターはもう既にジェームズの話に飽きてきたらしい、意識ははるか遠くにでかけたようでぼんやりと窓を眺めている。ジェームズが話しだして小一時間ほど経った頃、ピーターが遂にうつらうつらとして夢の中へいってしまったのでふたりは喋りやまないジェームズを引きずって男子寮に上がっていった。

「冷えるな」
「特に朝と夜は寒いね、今年はいつ雪が降るかな」
「それは気が早いだろ」

 近頃、夜はすこし肌寒い。はやく暖炉がつかないかなあとリーマスがぼやく。正直このまま寝てしまいたかったが、ベッドに横になった時リーマスが恨めしげな表情で抜け駆けなんてずるいと目で訴えてきたので仕方なく付き合うことにした。あと数時間はこの悪夢は続くだろう。正直親友の色恋沙汰にはうんざりである、シリウスとリーマスは早くジェームズが話に満足して寝てくれますようにと祈る他なかった。

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