「でも、わたし、久しぶりだし……」
「大丈夫よ! もしよかったらわたしと一緒に行かない?」
「いいの?」
「もちろん! 男の子に声をかけづらいなら手伝うわ」

 ナマエの意志を汲み取ってリリーは朗らかに提案する。普段大人数のグループで行動しているから同じ寮の男の子ともあまり会話をしない。友人たちの言うように頭もキレて博識な男子軍は女子のように謙虚で聡明でいればいいものを、わたしたちには理解できないプライドがあるのか変に威張ったりお高くとまっていて、ちょっと難癖がある。今朝の彼がいい例だ。全員がそうでは無いもののそういった類の男の子たちが集められたのだからレイブンクローの男女は他寮に比べて干渉することを選ばない。これが双方にとっての最善策だった。上手くいっていないという訳ではないが、まあそういうような寮事情を持つナマエにとってリリーの提案は救いであった。しかし彼女の提案にジェームズが間髪入れず口を挟む。たぶんこの人はずっと喋っていないと死んでしまうのだろう。ナマエはもう何も言わないことにした。

「ありがとう!」
「だったら僕が君のパートナーになるよ! シリウスがミス・優等生と組めば全て解決さ!」

 ナマエの声に被せてジェームズの声が響く。その場にいた全員が口元をひきつらせるのが分かった。唯一彼一人だけが上機嫌でナイスアイディアだと満面の笑みだった。

「却下、あなたとは行かない。それにナマエのことをそんなふうに呼ぶのはよして」
「勝手に人を巻き込むな」

 つんけんした態度でリリーはその馬鹿げた提案を突っぱねた。やってられるかとため息をついたシリウスが踵を返す。それを合図に他の生徒たちも蜘蛛の子を散らすようにぞろぞろといなくなった。まだ話は終わっていないとジェームズは彼を引き止める。リリーを愛してやまないジェームズからすれば彼女とパーティーに参加でき、ナマエのパートナーも見つかるのは都合がいい。けれど地獄のような組み合わせであった。

「名案だと思うんだけどな。えーと、彼女と相棒とエバンズと僕たちのペア」
「思わないわ。別の人を探すから結構よ、さようなら!」
「エバンズ! 待ってよまさかスニベルスなんかを誘うつもりじゃないだろ?」

 早口でまくし立てるリリーはいらいらと歯噛みしていなくなった。すっかりナマエのことも忘れてしまっているようだった。ふたりの声は段々と遠のき嵐のように去っていく。後に残されたナマエとシリウスは途方に暮れてため息をつくばかりだった。空気は重たい。みんなは大広間で待ちくたびれているしよく知らない人と一緒にいるのって落ち着かない。くるりと方向転換する。怒鳴り声のようなものが聞こえたが、恐らく幻聴ではないだろう。隣のシリウスもぴくりと眉を動かした。廊下を歩いていた数名の生徒がなんだなんだとふたりが走っていった廊下の奥を見つめていた。ああやっぱり。先に動いたナマエを目で追ったシリウスとまたもや視線がかち合った、突然のことに驚いてすぐに目を逸らせず完全にタイミングを失ってしまう。同じだ、と思った。

「なに」
「別になにも」
「ああそう」

 むかつく態度、愛想悪い。愛嬌のない自分が言えたことではないがとにかく腹が立つ。随分前に昼食を取りに行ったリーマスとピーターが廊下を戻ってきて驚いた顔をした。その原因は眉間にしわを寄せている男にある。

「シリウス、怖い顔してどうしたの」
「うるせえ」
「……ごめんよ」
「機嫌悪いからって当たるのやめなよ」
「別に悪くねーよ」

 明らかに機嫌が悪いのに見え透いた嘘をつく。ピーターはしょんぼりとしていた。それは人が機嫌が悪いときに言う台詞だよ。まるで子供、思わず笑ってしまう。いつもクールを装っているくせにそういうところは子供っぽいのか。顔と名前とみんなからの評判しか知らなかったが短い間に腹立たしいことも、今のように笑えるようなところも見た。そういえばこの間はとんでもない被害をこうむって大変だったな。

「……あの後大変だったんだから!」

 はっとして叫んだ、ピーターは驚いて飛び上がる。リーマスとシリウスもナマエがいきなり大声を出したことに驚いたようだった。何だこの女と眉をひそめるシリウスになんて白々しいんだとますます腹が立つ。むっとして詰め寄った。ここで会ったが百年目、忘れたとは言わせない。今になって思い出したようにナマエの怒りは燃え上がる。

「おかげさまでこの間は彼女にお世話になりました」
「ほら見ろ。だからやめとけって言ったんだ」

 瞬時になにかを思い出した隣の彼が苦い顔をする。一方でシリウスは顔色一つ変えずにけろりとしていた。まるで全く身に覚えがないとでも言いたげである。

「はあ? なんの話だよ」
「しらばっくれないでよ、阿婆擦れ呼ばわりされたうえに引っぱたかれたんだから!」

 それまで見下したような、凍えるように冷たい目をしていたくせに整った顔を思いっきり歪めて豪快に笑った。ずっとぶすくれた顔をしていたくせに、そんな顔ははじめて見た。言いたい放題。ひとしきり笑い終えると「飯」と呟いて大広間の中に消えていく。それに続いてデザートに目がないふたりもまた大広間に向かおうとした。

「ちょっと待って、そう、そこのシリウス・ブラック」

 何なんだよ。鬱陶しいと言わんばかりに振り返ったシリウスが一瞬大きく目を見開いた。それはいつぞやの彼のセリフであった。一気に距離を詰めてずんずんと向かってくるナマエに、完全に気圧されたシリウスは驚いたようで立ち止まる。リーマスとピーターも同じように面食らっていた。わたしが黙って言うことを聞く、聞き分けのいい優等生だと思っているのなら大間違いである。確かに気弱だという自覚はあるが、ここまで身勝手で失礼な男に対しても遠慮などをしていたら本当に終わりだ。こういう時はビシッと物申してやる。ナマエはひとつ、大きな深呼吸をしてまっすぐシリウスを睨みつけるように立った。

「……なんだよ」
「パートナーになって。たった一晩だけ、構わないでしょ」
「ったく、なあ」

 はああ、と長いため息をついていた。いい気味だ。全く同じことをしている。「なんで俺なんだよ……」参ったと首を傾げるシリウスを見てナマエは高笑いしてやりたくなる衝動をなんとか抑えた。

「なんでって、そこにいたから。他に理由なんてないでしょ」

 完全に揚げ杖を取られたシリウスは怒ったように低く唸った。リーマスはそれを聞いて大爆笑している。因果報応、と言うやつだ。やっぱり返ってくるんだよと腹を抱えて笑ったリーマスが慰めにならない慰めの言葉をかけていた。

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