授業が終わるとやっと生徒たちは起き上がり、先生は黒板をすうっと通り抜けてそそくさと教室からいなくなる。魔法史の後は全く授業を受けた気にならない。やっと昼食が食べれると喜ぶ友人たちを横目に、ナマエはたっぷりと揺れる赤毛を探していた。お腹を空かせた生徒たちが我先にと混雑している廊下を急ぐのでますます大広間までの廊下は渋滞している。上級生が大人気なく下級生を押し退けてゆく様子に呆れ返って言葉も出ない。捜索困難だと判断し、また今度にしようと諦めていたところで人の波に呑まれて友人とはぐれてしまったことに気付く。どんどん押し流されてもう誰がどこにいるなんて区別がつかない。参ったなと眉を下げ、押し合い圧し合いに巻き込まれながら前へ進む。ついに廊下の端へ追いやられてしまった。

「やあ、ミス・優等生!」

 ついてない。占い学を専攻している生徒には悪いがナマエはあまり占いを信じるタチではなかった。しかし今日の運勢はきっと悪い。そうに決まっている。押し流されてたどり着いた先はなんとグリフィンドール生の群れのど真ん中であった。失礼極まりない挨拶に周りのグリフィンドール生たちがどっと沸く。この人は何を勘違いしているのか知らないが、時たま顔を合わせるとこうやって面白くない冗談でナマエをからかう。攻撃されたりそれこそ悪戯のターゲットになったりしないから好き勝手に言わせているけれど、いちいち周りがバカみたいに笑うのは腹が立つ。はじめて会ったのがナマエが本を読むことに没頭していた時だから?組み分けされたのがレイブンクローだから?この人たちに負けたことを悔しがっていたから?理由はたくさん思い浮かんだ、本人にしかわからないけれど、ナマエはとにかく彼に優等生と思われているらしかった。わくわくさせてくれる魔法の授業が好きだからOWLもテストも苦ではなく、熱心に取り組んだのだけれどそれが魔法族のお坊ちゃんお嬢さん方には理解されないのだろうなとは思う。レイブンクローの人間でさえ(主に友人たちだけだが)理解に苦しむというのだから、この人たちは目を白黒させるかも。ポッターとその取り巻き、カーストトップにいるようなグリフィンドールの女子生徒軍団のおまけ付き。よろけながら数センチ上にある顔を見上げると憎たらしいほど清々しい笑顔のジェームズ・ポッターの姿があった。ずり落ちた眼鏡にくしゃくしゃの無造作にはねた髪、この呑気な平和ボケのどこに首席を取れるほど優秀な頭脳があるのだろう。ナマエはあからさまにげんなりとした顔をする。

「新学期早々素敵な挨拶だね。こんなところで屯ってるから廊下は大渋滞なんだけど?」

 至極真っ当な意見を述べただけだと言うのに何が面白いのか彼らはまた笑う。思わず眉根を寄せた。気分を害して踵を返そうとするも、この人混みでは再び割って入ることも難しい。ナマエは諦めて、どうせグリフィンドールだし一応聞いてみるか、と思った。

「リリー・エバンズ知らない?」

 ナマエの質問にジェームズが目の色を変えて飛びつく。あまりに食い気味だったので若干引いた。確かにここまで必死だと狂信的だと言われるのも無理がない。グリフィンドール生の群れの中に飛び込んでしまったのでこの際どうにでもなれと捨て身の質問だった。「彼女ならこの時間帯は大広間に来ないよ」すこし声を張り上げてこの間のグリフィンドールの監督生、リーマスが答えた。ナマエはその時はじめてシリウス・ブラックがこの空間にいたことに気付く。あ。思わず開いた口から音がこぼれた。廊下はやっと人が少なくなり始めている。じゃあどこにいるか教えてくれない?そう質問するつもりでいたのに思考は停止してわたしの目はひとりの男に奪われている。退屈そうに壁にもたれかかって腕組みをしていた、黙っていたから気づかなかった。どこか遠くを見ている。こわいくらい、凪いだひとみ。

「へーえ! 君の口から彼女の名前が出るなんてね」
「悪いけど、どこにいるか知ってたら教えてくれない?」

 瞬く間に思考は現実へ引き戻される。まるでジェームズの姿は見えませんというような態度でその隣のリーマス・ルーピンに向かって話す。

「ワオ、案外手厳しいなあ」

 ジェームズは大袈裟に両手を上げて首を傾げる。相手にされないとつまらないのか子供のように騒いで話を遮るのがわずらわしい。うんざりとしてお願いだから静かにして欲しいと頼む。こちらが下手に出てお願いしているというのに「やだね」の一言で物の見事にそれを一蹴した。リリーに会いに行くなら自分も行く、今日はまだ彼女に口を利いてもらえていないのだと駄々っ子のように口を尖らせる。誰かが呆れたように笑っていつものことじゃあないかと言っていた。

「あんまりオススメしないけど」
「リーマス、面倒なことになるだろ」

 それまで黙っていたシリウスがはじめて口を開く。咎めるような口ぶりだ。ジェームズを止められるのは彼だけなのかもしれない、何となくそう思った。「今じゃないとダメなのか」「そうだけど」「そうかよ」心底面倒だという顔をして素っ気なく聞くものだから腹が立って倍返しの素っ気なさで答えた。またもやそれ以上に素っ気ない返事が投げ返される。妙な張り合いを続けているとすっかりすくみあがって萎縮した男の子がなにかに気付いて声を上げた。この時間帯を狙って昼食を取りに来たらしいリリーはこの妙な絵面に困惑しきっているようだった。

「ちょうど良かった、彼女が君に用があるって」
「わたしに? 何かしら?」

 リリーがきょとんとした表情でこちらに寄ってくる、ジェームズは見えないしっぽをちぎれんばかりに振り回しているようだった。

「スラグ・クラブのことなんだけど……」

 納得だというように手を打ってリリーは頷いた。他寮との交流が豊富ではないナマエにとってリリー・エバンズは数少ない友人のひとりだった。そして同じスラグ・クラブの『マグル生まれ』のメンバーでもある。彼女はナマエがクラブに入ったすぐ後にスラグホーン教授のお眼鏡にかなったらしい。純血主義のスリザリン生やマグル生まれを下卑する人もいるというのに、才能を認められて生まれは関係無いと堂々と自分の意見を発言できるリリーをナマエは心の底から尊敬している。すごいことだ、たった一度のことで怖気付いて逃げ出した自分には到底できないと思う。ナマエをリリーがどう思っているかはさておき、普段あまり話さないレイブンクローのクラブメンバーに聞くよりは彼女と話すほうが気が楽だった。

  今朝の朝食の席で迷った後に思い切ってクラブのメンバーの男の子に声をかけた。去年一度も顔を出さなかったせいで彼はナマエが一応、クラブのメンバーであることすらも知らなかったようである。「パートナーは決まった?」というナマエの質問に彼はもったいぶってどうでもいいことをべらべらと喋っていた。話は自分がどれだけレイブンクローで優秀か、どうやってスラグホーン教授の食事会に誘われたかなどため息がでるようなものだった。ナマエは彼が話すのに合わせてオートミールを三杯もおかわりする羽目になった。

「でもやっとナマエが顔を出してくれるなら楽しみね!」

  思わず苦笑いを浮かべる。肩を弾ませる姿に追い討ちをかけられたような気分にすらなった。参ったな、断れない。ついこの前まで行くもんかと招待状をはねのけていたくせに、リリーの言葉で天秤は簡単に傾いた。握りしめた手のひらにじんわりと熱が伝わる。わたしもこの子みたいに明るく笑えたらよかったのに。屈託のない笑顔をたたえるリリーを見た。ジェームズ・ポッターが恋に落ちた理由が分かった気がした。

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