乱暴に教科書を叩きつけると先程のシリウスの真似をして高慢な態度でふんぞり返って前髪をかきあげた。我ながら中々に仕草も態度も似ていると思う。なんて失礼な男だろう、この一件でナマエはますますシリウス・ブラックのことが嫌いになった。苦手意識の域を超えてついに嫌悪の部類に入ったのだ。ちなみに、言われたことは正直に伝えた方がいいと思い、ひとつ年下のレイブンクロー生であるエルザにそのことを伝えると「次の彼女になれたからっていい気にならないで! この阿婆擦れ!」とお門違いな台詞と共にほっぺたを引っぱたかれた。何がいけなかったのだろう。五年生の女の子たちには睨まれたし、本気の平手打ちはさすがに痛くて涙が出た。熱を持ってヒリヒリ痛むほっぺをさする。とんでもないとばっちりにあい散々だったというのに彼女たちは人の気も知らずにこれまたお門違いなことを言って騒いでいる。

「彼がそう言ったの!?」
「ナマエが抜け駆けするなんて!」
「ノーマークだったわ……」

 なんの茶番だ。思わずほっぺの痛みも忘れてソファから滑り落ちた。しかし彼女たちは真剣そのもの、すごい形相である。あまりの剣幕にナマエは気圧された。ゴシップは大好物らしい彼女たちの瞳は猛禽類のごとくぎらぎらと光っている。こういう時、お砂糖とスパイスでできている女の子はこの世の何よりも恐ろしい怪物に変身するということをナマエは身をもって知ることになる。自分にはきっと、こういう部分はないと思う。自分だけが綺麗でどろどろしたものがないとかそういうことが言いたいのではなく、誰かに必死になったり身を焦がすほどの想いを抱いたり、傷ついたり傷つけて時には傷を舐めあったり、そういうふうに寄り添って他人にすべてを暴かれるのは恐ろしいことだと思う。自身に対する他人の介入を果たして許すのかどうか、ナマエにはわからない。二年生の時、好きな人ができた時もナマエは黙って見ているだけだった。話したり関わったりするなんてとんでもない、わたしはほんとうに、見ているだけで良かったのだ。みんなは『ナマエったらシャイなんだから』とため息をついていた。確かに恥ずかしい、という感情もあったのかもしれない。今となってはもう当時のことなんて忘れてしまったけど。

「……そうじゃなくて! 大事な話をたまたま廊下ですれ違った他人に任せるような人は最低だと思うよ」
「そんなの何か理由があったに決まってるじゃない!」
「でもエルザって男遊びひどいわよ、この前も男関係でハッフルパフと揉めたんだって」
「それ聞いたことある!」
「ああいう大人しそうなタイプほどいい性格してんのよ」
「それアンタが言う?」
「ちょっとそれどう言う意味?」

 違うところで喧嘩が始まりそうだったので慌てて止めた。ナマエの主張には大ブーイングが起こるだけだった。ブラック信者には何を言ってもダメだと悟り、もういいよと不貞腐れて窓を見る。仲間内で燻った火種が鎮火すると、シリウスの話題から今度はエルザの話題に火がついて盛り上がる。きっと下級生たちには丸聞こえだろうなと思った。ほとんど最高学年に近いわたしたちは、学年や監督生の座にかまけて威張ったりするのは違うと思っている。後輩にはやさしく接してあげるべきだ。しかしそれどころか彼女たちは聞こえよがしに大きな声で話すものだからナマエは寿命が縮む思いでお菓子をつまんでいた。そう思いながらもわざわざ後輩に席を譲ったり、あんまり怖がらせちゃダメだよと諭すこともしないわたしも中々タチが悪いと思う。ナマエはそこまでして友人との関係をギスギスさせたくはなかった。

 そういう配慮を抜きにして、本日本気の平手打ちを喰らって罵られたことが彼女との数少ない会話のうちのひとつといっても過言ではないほどエルザと関わりがなかったナマエは、その会話には入らなかった。エルザのことは名前と顔と、あとペットに猫を飼っていることくらいしか知らない。学年は違うけれど同じ寮だからお互い顔見知りだけど、あまりちゃんとした会話をした記憶が無い。今まで挨拶くらいしか交わしたことがない気がする。そういえば何年か前、ペットの猫を探すのを手伝ってあげたことがあったなとどうでもいいことを思い出した。彼女との関わりが平手打ちと、挨拶だけではなかったことに安堵する。それだけだとあまりにも悲しい。また噛みつかれるのがめんどうだからわざわざ弁明するつもりもないし、これからまた関わることも無さそうだから別にいい気もするけれど。

「そろそろ出ないと。準備しましょ」
「もう? あっという間だったわね」

 おしゃべりを続けながらバッグに教科書を詰め込む。談話室を後にすると下級生たちがほっと安堵の表情を浮かべていたのを見ていたたまれなくなる。特等席のおおきいソファ占領しちゃってごめん。

「あと一時間で午前の授業は終わり!」
「新学期って毎年慣れるまでが辛いのよね……」
「かと言ってあの量の課題をやるのも嫌になるわ」
「課題ならやる時間はたっぷりあったのに!」
「あらあら、聞こえないわねぇ」

 白々しい態度に誰かが「なんて都合のいい耳かしら」と皮肉を込めて軽口を叩く。のろのろと魔法史の教室に向かっていた。魔法史の授業は退屈で真面目に受けようとしても絶対に眠気がくる。いや、授業の内容自体は興味深くて面白いのだけれど問題は先生の授業のスタイルにあった。永遠に先生が教科書に書かれていることを読み上げるだけなので大半の生徒は寝ているか大胆におしゃべりをしている。また今日も低く唸るような一本調子の声でひたすら話し続けている。人を眠りに誘う声が特徴的な先生の巨人の戦争についての話を聞きながらノートをとる。彼女たちの話題はまたもや悪戯仕掛け人のことだった。シリウスシリウスとみんなが騒ぐのでその度にナマエは気が散った。

「ポッターも中々よ」
「残念よね、あれはちょっと狂信的すぎ」
「リリー・エバンズにお熱だって話?」
「そう。思い返せば一年生の頃からじゃない? アレが引っ付いて回ってるの」
「でもエバンズはスニベルスのことが好きなんでしょう?」

 スニベルス。その単語が出た途端に彼女たちはあの嫌なくすくす笑いの発作を起こした。ナマエは眉根を寄せる。何だか妙に聞き覚えのある言葉だった。「変な顔してどうしたの」引っかかるな、それ。なんだっけ、気になったことは解決するまで追求してしまうナマエは先生が大事なことを話していたのに一度魔法史から頭を噂話に切り替えなければいけなかった。ナマエは声を潜めたままその言葉を繰り返した。

「ほら、スリザリンの泣きみそスニベルス」

 ああなるほど。スリザリンと聞いて思い出した。ナマエの疑問はあっという間に解消される。

「もしかして、ライバルだからスニベルスを標的にしてるの?」
「いくらなんでもそれはないでしょ!」

 我慢できずにひとりが吹き出したが、先生は気に留める様子も無く自分の世界に入ってしまっている。ただ数名の生徒が笑い声に驚いてハッとしたように起きただけだった。しかしまたすぐに眠ってしまう。

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