こちら103号室

「っ・・・??!」

人間、真に驚いた時には声も出ないというのは本当の事であるとあの時私は身をもって知った。我が家の扉を開けたら見も知らずの男が玄関に転がっていたのだ。普通に暮らしていていれば早々お目見えする事態ではない。目の前の異常事態に頭などついていくはずもなく現実から目を反らすように一度静かに扉を閉めた。そして扉に取り付けられた部屋番号のプレートを何度も確認する。そこには間違いなく「103」と私の部屋の番号が無機質な字体で書かれていた。慌てすぎて部屋を間違えた訳ではないようだ。

だとしたら、今扉の向こうに見えた光景は見間違えだったのでは?そうだ、そうに違いない。きっと私は疲れているのだ。そう願うように自分に言い聞かせながらもう一度扉をそっと開き中を覗いた・・・

「い、居る・・・」

居る。やっぱり居る。私の祈るような思いも虚しく扉の向こうには変わらず異常な現実が広がっていた。私の見間違いなどではなかったのだ。見知らぬ男が自分の家の玄関に転がっている。その事実がやっと頭の中で冷静に反芻される。それと同時に先程までの混乱と驚きに覆い被さるように一気に恐怖感が押し寄せてきた。一体誰なのだこいつは。もしや新手の痴漢か?あるいは強盗か?声も出せずに固まって居ると「ん、」と薄い声をあげてその男がもぞりと動いた。

「ひぃっ...!!」

恐怖のあまり私は扉を勢い良く閉めてドアノブを押さえた。しんと静まりかえったアパートの廊下。向こう側からのアクションは無さそうだった。しかし私はドアノブから手を離すことが出来ないまま必死に頭を巡らす。どうしようどうしようどうしようとりあえず、誰かに助けを求めなければ...!殺されるかもしれない。嫌だこんなところで人生を終わらせるのは...!!助けてお父さんお母さん...!とりあえず、け、警察に...
無い頭を絞って思い巡らせていると、足音が近づいてきて隣の部屋のドアの前に男の人が足を止めた。助かった!!このアパートの住人かもしれない。とにかくすがる思いで私は掠れる声を絞り出した。

「あ、あの!すみません助けて下さい...!!」

「えっ?」

面長で優しそうな雰囲気の青年が驚いた顔でこちらを見た。そりゃ力一杯ドアノブを握りしめた女にいきなり切羽詰まった顔で声を掛けられたら誰だって面食らうだろう。いま思えば彼の目に映った私の姿はさぞ滑稽だったに違いない。だがあの時は本当に生死の崖っぷちに立たされた思いだったのだ。その青年は私のあまりの必死な形相に異常事態を感じ取ってくれたのか、少々いぶかしみながらも「どうされたんですか?」と救いの手を差しのべてくれた。この面長で優しそうな青年こそがあの鉢屋三郎の友人、不破雷蔵君であった。


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