五年前、出会い。
三郎と出会った日の事は忘れもしない今から5年前、このアパートに越してきたばかりの春だった。あの日は春麗かな心地よい陽気と裏腹に、私にとっては近年稀に見ない厄日であったと言っても過言ではない。
その日は届いていた引っ越し荷物を前の日の夜遅くまで整理していたせいで寝坊した挙げ句、慌てて家を出たために鍵を掛け忘れて出社してしまったのだ。ふとその事に気が付いたのは、昼休み。仕事の途中でこちらに来ていた本社に勤める仲の良い同僚と、せっかく久しぶりに会ったのだから、と一緒にお昼を食べていた時だった。
「あ、やば」
「どうしたの?」
「家の鍵締め忘れて来たかも」
「え、それ大丈夫なの?」
「んーまあ引っ越しの荷物引っ繰り返ってるし、盗られて困る物もそんなにないしなあ…」
「いやいや駄目でしょ。下着とか盗られたらどーすんの」
「う、そう言われると不安になってきたかも…」
「女子なんだからもっと危機感持ちなよ…」
「耳が痛いです、はい」
眉をしかめてうどんを啜る同僚にせっつかれたせいでむくむくと不安が沸き上がってきた私は、午後の業務を急いで片付けて早めに退勤することにした。しかし、そんな時に限って事が上手く進まないもので、珍しくミスをしていつも以上に時間がかかった上に、いそいそと帰ろうとしていたところを部長に呼び止められ残業を押し付けられたのだ。その時ばかりは部長をこの熱血ギンギン隈野郎、と呪った。もちろん心の中で。
「それではお先に失礼します。お疲れ様です」
「おう、ご苦労だったな」
コンチクショウ残業の鬼め...と内心悪態を付きながら残業を片付けタイムカードを押して急いで家路に付く。自宅の最寄り駅に着く頃には23時を回っていた。焦燥感に苛まれながら足早にアパートへ向かい部屋のドアノブに手を掛ける。案の定、鍵は開いたままで、ああ、神様仏様!どうか盗人が入っていませんように!と私はせめぎ合う不安と緊張を掻き消すようにドアを開いた。しかし、その直後私は盗人よりももっと厄介な人物と遭遇する事になるのである。そう、これが私と鉢屋三郎の出会いだった。