過去と今とそれから
凉子がベッドの上で目を覚ましたのは、体育館を出てから約30分後のことだった。
辺りを目線だけ動かして確認し、そこが保健室だと判断したところで先ほどの出来事を思い出す。
そして今黒子が近くにいない。
テツは私を見切ってしまったのでは…という恐怖が凉子の頭に過り、ベッドから上半身を起こして彼を探す。
「テツ…?」
ようやく出たその声はか細く、他の人に聞こえるかわからない程に小さいものだった。
呼んだって誰も来ないと膝を抱えた瞬間、引かれていたカーテンが開いた。
「凉子さん…呼びましたか?具合はどうですか?」
「テツ…、」
凉子は一瞬目を見開いた後、ホッとしたかのように体の力が抜けてぽてっとベッドに倒れ込んだ。そんな彼女を見て不思議に思いながら黒子はベッドの脇にあるイスに座る。
「…ごめん、テツ。くだらないことで意地張って…結果迷惑かけた」
「僕もすみませんでした。…心配しましたよ」
「…ありがと」
2人で苦笑しながら素直に謝りあう。
ようやくいつもの2人の雰囲気に戻ったところで保健室のドアが開き、たくさんの声がした。
「黒子ー!入船起きたか?」
「ちょっ、バ火神!!まだ寝てたらうるさいでしょ!!」
「監督も十分でけーよ、声」
いつもならまだ練習時間にも関わらず、皆が集まった。
「皆さん。凉子さんは今目が覚めましたよ」
「ご迷惑おかけしました…」
再び上半身のみ起こしてペコリと頭を下げる凉子とその隣で苦笑している黒子を見て、リコ達は仲直りできたのかと一安心した。
だが、彼らにはまだ先ほど起きた凉子の異常なまでの変化の疑問が残っていた。
しかし本人の前で、しかも覗きをして無断で見てしまったという罪悪感のためか誰も聞こうとはしなかった。
「凉子ちゃんが無事ならよかったわ。じゃあ私たちは戻るわね、お大事に」
リコのその言葉で皆は退散することにした。
「僕、水を買ってきます。凉子さん1人で大丈夫ですか?」
「大丈夫。かなり取り戻したから」
「わかりました。すぐ戻ります」
そう言って黒子はリコ達と共に廊下へと出た。
廊下に出てから自動販売機まで、皆は無言だった。
自動販売機で水を買ってから黒子は静かに口を開く。
「…凉子さんがああなってしまったのは僕達のせいなんです」
「達って…キセキの世代も関係あるってこと?」
「…はい」
それから黒子は自動販売機に背中を預けて、語りだした。
*
僕が1軍に上がる前から、凉子さんは彼らキセキの世代とよくバスケをしていました。
僕は聞いた程度なのですが、その頃はまだ彼らの才能が開花する前だったので、女子の中でもずば抜けて運動神経の良かった凉子さんといい勝負をしていたそうです。
それから僕が1軍に上がり、彼らの才能が目覚めだした頃。
「…え?」
「だから、バスケしたってつまんねーんだよ」
「ッ、なんでさ!大輝凄く上達したじゃんか!!最近私勝てなくて悔し…」
「それだよ。俺と戦える奴なんていねーんだよ。お前とバスケしたって、最近つまんねーわ」
「ッ…!!」
それから凉子さんは必死にバスケを練習しました。
それでも、彼らの才能に近づくことは無理でした。
それから彼女は次々と才能を見せだす彼らに置いていかれる焦燥感と孤独感に苛まれていきました。
そして、それを決定付ける事件が起きました。
「最近アンタらキセキの世代とか言われてるらしいじゃん?」
「まぁ正直敵無しっスからねー」
「黄瀬ちん、この中じゃ一番弱いしー」
「逆に負けでもしたら…わかっているな、黄瀬?」
「黒子っちー!皆が酷いし怖いっスよ!!」
「知りません」
その日はいつも通り部活が終わり、ぼろぼろになった紫原くんのバッシュを買い替えようと皆でスポーツ店に向かっているときでした。
最近サボりがちだった青峰くんもその日はいました。
「あ、あの店かな?」
「そうなのだよ」
その日は凉子さんが行ったことのないスポーツ店が安売りをしていた為、そちらに行くことになっていました。
信号待ちした後、青に変わったのを見て凉子さんが駆け出した瞬間。
「っ、!!?」
…一瞬の出来事でした。
僕らが気づいた時には凉子さんは、はね飛ばされていました。
原因は飲酒運転だそうです。
幸い凉子さんの怪我は酷いものにはならず、全治1ヶ月程でした。
入院した凉子さんのお見舞いに僕らで行ったとき、彼女は笑顔でした。
「くっそー…敦と涼太と大輝で部室が汚れていく様が目に浮かぶ…」
「帰ってきたら掃除よろしくっス」
「たまには自分でしろや!」
その後少し会話をして、僕以外の皆さんは帰っていきました。
僕がお見舞いの花を生けていると、凉子さんは苦笑いを浮かべながら話しました。
「………大変だよテツ。ただでさえあいつらに勝てないのに練習できないや。」
「………」
「最近、バスケ部が壊れていく音がするよ。頑張れば私でもあいつらのライバルになれると思ったんだけどなぁ…」
それから3週間後、僕らは3連覇しました。
1ヶ月いない間に勝つことが全てなバスケ部は彼女にとって更に冷たい世界となり、凉子さんは孤独に押し潰されました。
退院したにも関わらず学校を休んだ凉子さんの様子が気になり、彼女の家に行くと、無用心にもドアが開いていました。
凉子さんの両親は共働きで、その時間には誰もいないはずでしたから。
僕は声をかけながら凉子さんの部屋をノックしました。
すると小さく聞こえる声。
「テツ…?」
「……開けますよ?」
そう言ってドアをゆっくり開け、僕は驚愕しました。
そして、そこまで追い詰めてしまっていたと後悔しました。
「ッ、凉子さん…!!」
凉子さんの綺麗に揃えられていたはずの髪はバラバラに切られ、そのまわりには髪が大量に落ちていました。
そして彼女はハサミを手にしたままペタリと床に座っていました。
今思うと、凉子さんは常にバスケ部を入部当時の楽しかった姿に戻そうと1人でずっと努力していました。
…ずっと1人で。
静かに涙だけを流す彼女を僕は抱きしめ、一緒に部を辞めようと言いました。
以前から部に疑問は感じていましたから、辞めること事態に未練はありませんでした。
*
「それから凉子さんは孤独を嫌い、僕はそんな凉子さんのそばにいようと決めました」
一同は驚くしかなかった。
なにかあるのだろうとは思っていたが、そこまで追い詰められた過去があったのかと、皆声をだせなかった。
「凉子さんがバスケ時に男勝りな性格に変わるのもその件があってからなんです。、本人は無自覚だと言っていますがバスケをする時は無意識に過去から身を守るために強気な性格になっているんだと思います」
そこまで話すと、黒子はうつむく彼らを見て再び苦笑した。
「心配しないでください。誠凛に来てからもだいぶ緩和されたみたいです。誠凛のバスケは僕も凉子さんも大好きですから」
その言葉に一同は少しホッとしたかのような笑みを浮かべた。
それから黒子はリコ達と別れ、保健室に戻った。
ベッドの上でうとうとしている凉子を見て微笑む。
だが、今寝かせてしまうと夜眠れなくなるのでは…というなんとも過保護的な思考の末、起こすことにした。
「凉子さん、起きてください」
「……ん、ぅ…テツ?」
「はい、僕です。水買ってきましたけど飲みますか?」
「飲む…」
寝起きの凉子の髪はボサボサで、やっぱり従兄弟だなぁと変に認識して笑えた。
水を飲んでる凉子の髪を手ぐしでとかしながら、綺麗な髪だと黒子は思った。
「…伸びましたね」
「そう?」
「はい…伸びました」
あのざっくりと切られてしまった時の面影はない。
時の流れの早さに感謝しながら、黒子はそう口にして笑った。
過去と今とそれから
(あ、すみません)
(?)
(さっきの体育館での見られてたらしいので話しちゃいました)
(はい!?)
…………………………………
前話とこの話頑張った…!!
携帯で打つのは疲れる(泣)
電車でもパソコン使えるようにしたいな…
(20121130)
[ 10/10 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]